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"歴史痛"の看板に偽りなし?戦国トリビアシリーズ【第四十夜】

JUGEMテーマ:コラム

 


 戦国与太噺。導入部、となぜ素直に命名出来ない。(画像は斬?スピリッツより)

 

■九月二十九日のトリビア

 豊臣秀吉の参謀であり、股肱の臣でもある
 蜂須賀正勝。山賊・野武士の頭領を勤め、
 
巨漢という印象があるが、実はそうでもない。




■"難波の太閤殿下"豊臣秀吉の立身出世を陰から
 支えた豪放磊落な山賊大将、具足に見る実像とは?


 さて、突然ですが…――読者の皆様は、御自分の出身地の『殿様』が誰だったか、なんてのは御存知でしょうか?
 戦国時代の『戦国大名』ではなく、徳川幕府が開かれた江戸時代以降、親藩・譜代・外様に分類され日本各地に○○藩××家として領地を得ていた、俗で言う『殿様』というやつです。

 御国柄によっては、江戸幕府による廃藩や転封により途中で殿様が変わっていたりお家断絶になったりと、一概に『殿様と言えば誰』とは言い難いかもしれませんが…赤髭の見た感じ、戦国武将と違って江戸時代の『殿様』というのはよほど地元民に慕われない限り、話題になることは
いように感じられます。

( ・(,,ェ)・) 例えば、淡路島の洲本市では…江戸時代初期の僅かな期間、島を治めていた賤ヶ岳の七本槍・脇坂安治が殿様として慕われており、洲本城でも脇坂安治の旗印・輪違い紋が翻り、城内の石碑でも淡路の殿様としてリスペクトされてました。
 江戸時代の大半、淡路島を治めていたのは蜂須賀家なんですがね…。





 まぁ、戦国時代の様な血で血を洗う闘争の時代ではなく平和呆けするほど天下泰平だった時代の殿様にそうそう人気も出るはずはありませんが、もうひとつの理由は基準の複雑さがあること。

 そもそも、今で言う都道府県のまるまる一つ…旧来で言うところの『一
』を治めていた江戸時代の大名というのは、戦国大名と違って数えるほどしか居ません。

 現在は47都道府県ですが、戦国時代当時に北海道と沖縄はまだ日本国じゃなかったので45。戦国時代はさらに細かく、66ヶ国(隠岐島を”国”とカウントすると67)に分かれていました。

 66も国があるのに、数えるほどしかいないのです。

 『
国持大名八家』と呼ばれる全十八家の大名がそれで、彼らが統治した御当地でない限り、同じ都道府県内であっても『殿様』は複数家あるのが普通ですので、同じ県出身の歴史好きであっても『殿様って誰?』と聞けば、違う返答が返って来ることでしょう。


 ( ・(,,ェ)・) 国持大名十八家、願いましては!!

 
加賀(金沢)前田家、越前(福井)松平家、薩摩(鹿児島)島津家長門(山口)毛利家、陸奥(宮城)伊達家、肥後(熊本)細川家、備前(岡山)池田家、因幡(鳥取)池田家、肥前(佐賀)鍋島家、筑前(福岡)黒田家、安芸(広島)浅野家、出羽(秋田)佐竹家出羽(山形)上杉家、土佐(高知)山内家、出雲(島根)松平家、伊勢(三重)藤堂家、筑後(佐賀県久留米)有馬家、そして阿波(徳島)蜂須賀家です。
(赤字は元西軍・青色は両軍に所属・緑は元東軍。)

 全部並べると、お経みたいですね。







 下手をすると隣町でもう違ってたりする『お殿様』。戦国時代ブームは火がついてから数年を経て、今では一大観光・産業としてすっかり定着しましたが、こちらが流行となり風潮に乗るにはまだまだ時間が掛かりそうです。





 さて、『国持大名十八家』の錚々たる顔ぶれを見てみると…乱世を勝ち抜き、江戸時代まで御家を繋いだ戦国武将の子孫達が数多く名を連ねています。

 黒田官兵衛が波乱万丈の生涯を経て築きあげた筑前黒田家、前田利家の血統である加賀前田家、細川幽斎の子孫・肥後細川家…――太閤秀吉の最初の右腕である蜂須賀正勝の後裔・阿波蜂須賀家などです。


 揃いも揃って外様大名…もとは織田信長や豊臣秀吉に仕えていた人達で、関ヶ原の合戦以降に
あんにゃろめ徳川家康の麾下に就いた者。そして、来年の大河『軍師官兵衛』でも登場し、活躍するであろう武将達です。

 赤髭の住む徳島県の『お殿様』である蜂須賀家は、豊臣秀吉がまだ木下藤吉郎だった頃からの右腕であり、参謀としては黒田官兵衛や竹中半兵衛よりも先輩である蜂須賀
(小六)から連なる国持大名十八家の一角、現在の徳島県を総て治めていた押しも押されぬ大大名。

 徳島県が全国に誇る一大イベント・阿波踊りを推奨し、今も『阿波の殿様・蜂須賀様が、今に残せし阿波踊り』と唄われるほど、地元では愛着を持って讃えられています。
( ・(,,ェ)・) もっとも、阿波踊りで一番観光客を動員するのは徳島のじゃなくって東京・高円寺の阿波踊りだそうですが。あっちの人は阿波踊りを東京名物だと信じて疑わないって本当ですかね(余談。

 蜂須賀正勝が世を去った1586年以降はかなり影が薄くなる蜂須賀家、実はあの伊達政宗すら舌を巻くような世渡りの達人や、徳川家康がその武勇に感嘆して養女の婿に迎えるような麒麟児も輩出しているのですが…それをお話するのは別の機会にして。

 今宵は、この阿波蜂須賀家の立役者・蜂須賀正勝についてのちょっと意外なお話を御紹介しましょう。



■黒田官兵衛も竹中半兵衛もヒヨッコ同然。
 豊臣秀吉から最も信頼された右腕・蜂須賀正勝の意外な実像とは


        
       


 96年大河『秀吉』では過激なデスマッチプロレスで一世を風靡した炎の男・大仁田厚さんが、06年大河『功名が辻』では身長2メートル近い巨漢ながらも高角度で落とす"エベレストジャーマン"を切札に、当時のプロレス業界を席捲した高山善廣さんがキャスティングされた蜂須賀正勝。

 

 おかげで大河Fanからは
蜂須賀小六ってプロレスラー枠だよねだとか呼ばれているそうですが、これというのも『蜂須賀正勝って大柄で頑強な体質、打てば響くような放磊落な性格』というイメージが強いからだと思います。
( ・(,,ェ)・) 来年大河『軍師官兵衛』でも登場間違いなしなのですが、今年は誰がキャスティングされるんでしょう。前に大河出演経験があって、全日本プロレス社長を退いた武藤敬司さんが入れば面白いのですが。ネタバレのネタバレになりますが、TAKAみちのくさんとかもイメージにぴったりなのですが…(苦笑


 この印象は、実を言うと江戸時代からの鉄板イメージ。
 豊臣秀吉が百姓の倅から天下人まで成り上がった経緯をやや大袈裟に、江戸の庶民にもわかりやすい絵物語に仕立てた『絵本太閤記』の頃からのものです。

 豊臣秀吉の人気が赤丸急上昇で沸騰し、その生涯が一般の常識として定着したのはベストセラーになった『絵本太閤記』の挿絵や、江戸時代に流行した戦国武将の武人絵に描かれた蜂須賀正勝が『山賊や夜盗達の頭目、もしくは野武士集団の首領』として…"ぼさぼさの髪に顔いっぱいの髭、見上げるような巨漢"という容貌が一因にあることは、間違いないでしょう。

 この"野蛮で豪快なイメージ"がどれだけ世間に知れ渡っていたかは、明治維新の後に正勝の子孫・蜂須賀
(はちすか-もちあき)が宮中に参内した際、応接室にあった紙巻煙草を記念にと失敬したのを明治天皇に目撃されて

 『
蜂須賀、血は争えんのう。

 だなんて言われてしまった、ということなどから…庶民はおろか天皇陛下でも御存知の一般常識として通用していた話からも明らかなところです。
( ・(,,ェ)・) 蜂須賀正勝の嫡流は江戸時代に途絶えており、秋田佐竹家から養子を、次いで茂韶の父・斉裕が徳川将軍家から養子として入っているため、茂韶は遺伝子学的に言うと徳川家康の子孫です(天下盗人の子孫ならなるほど、なっとく!!)
 茂韶はよほど盗賊の子孫扱いがいやだったのか、当代でも最高の歴史学者だった渡辺世祐に先祖の身の上調査を依頼し、盗賊というわけではないというお墨付きを貰ったそうです。あと、明治天皇も蜂須賀正勝の子孫という笑えない事実があります。



 しかし、実際の蜂須賀正勝…彼が史料に残した実績や身分は、そんな野蛮で下卑な山賊大将とは大きくかけ
れています。

 蜂須賀正勝は『小柄で温和な人柄』という記録があり、野武士や山賊の頭領とされた肩書きも厳密には国人衆
(こくじんしゅう)、はやく言えば『特定の主君に仕えていない、半独立した武装勢力の大』。

 また、正勝が国人領主として本拠としていた蜂須賀郷の周囲は木曽川やその支流が入り組んでいました。
大きな河川は10tトラックや貨物列車が無かった戦国時代当時、物流の重要な拠点でもありました。
 正勝は欲の皮が突っ張った商人や斯波家・織田家などの武人領主と交渉や折衝に望み、時には理と利で詰んだ話術で相手を説き伏せ、時には麾下を引き連れて近隣大名の合戦に参加していました。

 粗暴で単純な山賊大将などとは大違いな、剛柔を使い分けた智謀と話術も駆使する有能な
士だったのです。

 荒事に望んでは多くの部下に慕われた親分肌と豪胆な気質を十二分に生かして武勲を挙げ、繊細な交渉術が必要とあれば単身敵方の重要人物方に乗り込み、難しい折衝を手堅く抑えてしまう優秀振りは、後に尾張国
(現愛知県西部)を統一した織田信長にも聞こえ、織田家に所属。


 次いで"木下藤吉郎"と呼ばれていた秀吉に協力して立身出世を影に日向に支え、秀吉の墨俣城築城や美濃国の武将・豪族達の誘降に尽力します。





 秀吉が命を賭けた金ヶ崎の退き口も同伴し、死線を越えて武勲でも貢献し…1573年(天正元年)、秀吉が遂に一国一城、北近江
(現滋賀県北東部)長浜城の城主に就任すると、家臣達では最高額となる3200石の俸禄で家臣筆頭に名を連ねました。
 このときの竹中半兵衛がの俸禄が1050石、秀吉の軍師と名高い半兵衛の三倍以上も報酬を約束されていることは、蜂須賀小六がどれだけ秀吉に信頼されているかを示すものです。


 秀吉が播磨国
(現兵庫県南部)姫路城に入り、織田軍団山陽道司令官に着任した後も順調に働きを重ね…本能寺の変の前年、1581年(天正九年)には信長より秀吉部下としては異例の播磨龍野万三千石を与えられ、戦国大名なみの地位まで登り詰めました。

 まだ秀吉麾下の一部将に過ぎなかった黒田官兵衛からすれば、余裕で雲の上なポジションです。

( ・(,,ェ)・) ぶっちゃけた話、この頃までの蜂須賀正勝の身分は『寄騎』(よりき)、つまりは本社からの出向社員であり信長直属の部下だったという説もありますが。

 戦国の覇者・織田信長が本能寺の変で紅蓮の炎に消えた後もその辣腕振りは衰えを知らず、すぐさま引き返して明智光秀を討つという秀吉のプラン『中国大返しの実現に全力を注ぎ…黒田官兵衛と共に備中高松城の開城交渉、毛利方の策士・小早川隆景との戦後交渉も短時間で秀吉有利に収めます。



 そして赤髭的に勲一等だと思うのは、まだ信長の死を受容できず、今後のビジョンに迷っている秀吉の背中を大きく押したこの一言。

      

 長年、秀吉と一緒に苦楽を共にした蜂須賀正勝でなければ吐けない台
です。


 この後、織田信長の後継者を決める清洲会議で秀吉有利に展開する事前交渉でも蜂須賀正勝は最大の決め手となった丹羽長秀の説得に成功し、長宗我部元親を討った四国征伐では阿波国の要衝・木津城
(現徳島県鳴門市)を攻略し、戦後は遂に阿波一国の太守に昇進。

 その栄誉の席は嫡男の蜂須賀家政に譲り、生涯の最後まで秀吉の右腕を勤め続けた正勝は1586年
(天正十四年)5月22日、大坂城の屋敷で世を去りました。


 その蜂須賀正勝が眠る徳島市の徳島城博物館では現在、『殿様の時代 -徳島藩主蜂須賀家の政治と文化』と題して、10月14日まで企画展が開催されています。

( ・(,,ェ)・) 勿論、投稿当時のお話です。今はやってませんよ?
 そこには、豊臣秀吉が百姓の倅から天下人、関白太政大臣まで上り詰める立身出世を支えたある男が身に着けていたという具足が展示されていますが…。


 研究者の推測によれば、その鎧を着て戦場を駆け抜けていった武将の身長は推定、
150cmほどだったのではないかということです―――。


( ・(,,ェ)・) 最後の余談になりますが、現在の蜂須賀家当主は第十七代当主・蜂須賀正子さん(72歳)。
  現在、正子さんはお子さんも養子さんもないそうで、このままだと蜂須賀家は断絶ということになるそうです。
他にも、大河『龍馬伝』で出演した俳優・声優の蜂須賀智隆さんも、系図不明ながら蜂須賀正勝の子孫なのだとか。


 次回更新は10/5〜10/6の予定です。乞う御期待!!


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