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大河『風林火山』第二十九話 逆襲!武田軍 感想



■人生最初の敗北、自信喪失と絶望から立ち直る武田晴信

 さて、今まで合戦で敗北を喫さず、挫折も知らなかった若き甲斐の虎・武田晴信(市川猿之介)が焦燥と増長の末に激突した北信濃の強豪・村上義清

 これまで孫子の兵法と負け知らずの快進撃を頼みに、これ以上は勘助や老臣達に頼らずとも大丈夫…決してなめられまいと猪突猛進した晴信は、板垣信方・甘利虎泰を討ち取られる大失態の上に自身も左腕を負傷するという惨敗となりました。

 冒頭、自失呆然とした晴信の青褪めた顔はこれまでに見られなかった表情で、信頼していた家臣達を死なせてしまった自責の念から撤退することもできず、母・大井夫人(風吹ジュン)からの諌めの手紙でようやく撤退を決めます。

      

 その敗北を畳み掛ける様に合戦を仕掛けてきたのが、これまで存在感と威圧感が空気に等しかった信濃守護職・小笠原長時、その武力を後ろ盾にして旧領地・諏訪郡奪取を目論む狡猾な狐・高遠頼継。

 弱っている敵は徹底的に叩くのが戦国の常道、ではありますが…村上義清と比較して格が二枚も三枚も落ちるもの同士の結託。狐が頼みにした虎もお粗末ながら、威を借りた虎もまたブレーンにした狐が浅墓に過ぎたのです。

      

 気位ばかり高くて頼継の本心が見抜けない小笠原長時の、この間の抜けた雰囲気。

 そんな組しやすい馬鹿殿相手に、爪を隠しきれない能の無い鷹・高遠頼継との会話は軽妙で、視聴者に『ああ、こいつらじゃ勝てないな(笑』という雰囲気を判りやすく、また説得力のある絵面で印象付けると共に、本格歴史大河・風林火山の硬い空気に肩の力を抜く余裕を与えてくれています。(´・ω・`)

      

 そんな程度の知れた似非の虎+智恵の浅い狐に弱り目を叩かれるほど若き甲斐の虎は脇が甘くありません。晴信の傍らには、その幼少よりその成長を見守り、武将としての規範、あるべき姿を指し示し、死後までも主君輔弼の職務を全うした忠義の臣の姿があったからです。



 晴信の傳役であり、『両雄死す』で感動的な最後を遂げた忠節無比の傅役・板垣駿河守信方(千葉真一)が己の死後の動乱を見越した策を残していたこと。

 上田原の合戦で壮絶な討死を遂げる前に、板垣信方は晴信直筆の『諏訪法性上下大明神』の揮毫を軍旗に仕立てて旗に掲げた他、河原村伝兵衛(有薗芳記)を諏訪に遣わし、諏訪西方衆や伊那の諸豪族の調略を行っていたのです。(第27話・最強のを参照のこと)

      

 また、劇中では語られませんでしたが脚本によると…小笠原長時が、台詞の中で『我が』と言って頼みにしていた信濃日岐城城主・仁科(にしなどうがい ????〜???? 盛明、肥後守)を、塩尻峠に集結していた守護小笠原軍より離脱させたのは事前に策を仕掛けておいた板垣の功績であるとされています。


(劇中では仁科道外は顔すら見せませんでした。
 たぶん、時間の都合か何かで省されたのでしょう。『風林火山』DVD-BOXが発売された暁には、特典映像に入ってるかも?
( ;・`ω・´))


( ・(,,ェ)・) ■註・2007年当時の赤髭の呟き。実際には入っていませんでした。


 まだ晴信に信服せず、何かあれば離反しそうな諏訪家の武将達の心を再び晴信奉戴へと収攬させ、さらに敵方の弱い結束や慢心の隙を突いて地盤を緩ませる板垣の地固めは、命を張って諌めたことで冷静さと慎重さを取り戻した晴信ら武田軍に小笠原・高遠連合軍を確実に撃ち破り、再び甲斐武田の信濃における名誉挽回へと繋がっていきます。

 勘助らの輔弼もさることながら、今回の主役は完全に武田晴信-板垣信方主従。死して尚も武田家のことを考え、晴信のさらなる成長と雄飛を願っていた信方の深慮の前、さしもの勘助も今回ばかりは割り込める出番がありませんでした。

      

 さて、そんなこんなで場面は終盤。

 老臣の死とその直後の動乱を見事乗り切った晴信が、小坂観音院で自ら揮毫した諏訪大明神の墨跡の前で『人は 人は石垣 人は堀 情けは味方 仇は敵なり』の所存と築城を行わぬ誓いを立てた後、板垣の死を涙ながらに惜しみ慟哭、嗚咽する声も震わせる姿が、視聴者から強い同情と憐憫を誘うという印象的なフェードアウトとなったのですが…今回は、この赤髭の我侭という事で敢えて今回の敵方二人組みについて語らせて下さい。


 はい、『なんで晴信&板垣じゃないんだ』って? ( ;・`ω・´)


 いいじゃないですか、大河史上…ここ迄徹底して『道』を演じきった戦国武将というのは素晴らしく稀有なコトだと想いますし、何より赤髭は彼らのその余りにもあんまりな風格にすっかりれてしまったのですから。


( ・(,,ェ)・) ■当時のはっちゃけた赤髭の語り口調そのままに展開していきます。まぁ、今見ても小笠原長時と高遠頼継の小者感は何より勝る印象を与えてはくれますが。





小笠原長時(今井朋彦)With高遠頼継(上杉祥三)

甲府から塩尻峠までの間、甲斐武田軍の行軍があまりに遅い上に夏の日差しに耐え兼ねた小笠原軍が水遊びを始める中、具足に身を包んだ高遠頼継(上杉祥三)が登場。


 …急いで畏まる雑兵達を忌々しそうに見ながら本陣へ駆け込み、大将である小笠原長時に

      

『軍律の乱れを指摘し、士気を引き締め具足着用を徹底するべし!!』

と訴え出たら、

      

肝心の小笠原長時が具足もつけぬ片肌脱ぎの姿で、真昼間から酒盛りの最中だった。

このシーンで思わず反り返り、壁紙でマトモに顔を擦った人は私だけでは無いと想うのです。

      

 小笠原家に流遇している身にも関わらず、あつかましくも
『諏訪を取り返し、が物としてみせる!!』  

と高遠頼継が我欲我執たっぷりに恥も臆面も無く言い放っては、その都度小笠原長時はワンテンポ置いた後に、まるで『ン?( ;・`ω・´)』と思い出したかのように

      

治めるのはじゃ!!


 とツッコミをいれていたあの絶妙な間の取り方は、夢路いとし喜味こいし師匠の真髄に通じるものがあるほどの軽であり、合戦続きで緊迫した状況の続く甲斐信濃戦線に置いて、素晴らしい腰砕けっぷりをもたらしてくれました。

 まぁ、そんな下心だだもれの高遠頼継をさらに上回り、唖然閉口とさせた長時のボケっぷりには、勘助じゃなくても『いくさに負けるものの気配』がはっきり判る。


 平蔵が急長してしまい空席となっていた【大河『風林火山』の道化師】ポジション、そのおいしすぎる跡目をがっちりキープして視聴者の心に笑いを誘う…真面目一辺倒ではない大河『風林火山』の茶目っ気演出がたまりません。


 この、固唾を飲んで展開を見守る視聴者の脚を見事に払ってなお雰囲気をぶち壊さない仕掛けには、毎度の事ながら本当に関心させられます。(汗



 さてさて。親族であった諏訪家を裏切り、誼を通じた甲斐武田家をも欺き、欲望と執念にまみれた選択肢を選び続けた梟雄・高遠頼継でしたが…その滅びにもまた、実は笑えるという要素以外にもしっかりと、滅びゆく者の末路という意味合いが深く含まれています。。


 弟の蓮蓬軒を失い、伊那郡と高遠城…所領も手離し、端も外聞も捨てて小笠原家に走り…最後には端武者の様に捉えられるという、勧善懲悪な展開…良い意味で期待を裏切らない最後。

 『甲山の猛虎』飯富虎昌の赤備に槍衾を突き付けられ、半泣きの表情でべそをかくその様はただただみっともないの一言に尽きます。もう切羽詰った、もうだめだ御仕舞いだあぁあ的な高遠頼継の眉寄せた絶望顔は小者という彼の立場を何より如実に物語ります。

      

 高遠頼継の最後には、かつて平賀源心や諏訪頼継の最後に醸し出されていた戦乱の世の無情さや悲哀、滅び行く者の美学がまったく感じられませんでした。

 しかし、彼の様な戦国武将…才能に恵まれず奸智ばかり働き、武田信玄や上杉謙信といった英雄達に歯も立たず敗れ去っていった者もあること…――こういう他愛もない小者の骸が積み重なった土壌あるからこそ、甲斐の虎や越後の龍は根を下ろし覇を競えたわけですが…しかし、同じ敗者であっても後世語られる形は様々です。高遠頼継の最後は、けなされることはあっても憧れられることは絶対にありません。

 同じ敗北者であっても、諏訪頼重や真田幸村の最後とはえらい違いです。

 北条氏綱が言い残した遺訓は、魂の底では勧善懲悪、信義を貫き通した者への賞賛喝采を惜しまない日本人の精神を良く良く捉えていたのでしょう。重ね重ね、戦国武将の最後の迎え方とは重要なものです…。  


『…古い物語を見ても、義理を守って滅んだ者と、義理を捨てて栄華を勝ち得た者とでは今日での評価が全く

…義理を違えて不名誉な名が残るくらいなら、いっそ義理を貫き通してんでしまえ。そうすれば後世までその武勲や名誉は讃えられるだろう。

 また、義理を違えて悪逆非道な行いをして栄華を得たところで、その栄光も名誉も長くは続かない。悪逆の報いは天命に拠るものだ、決して逃れられはしない。』
             (北条氏綱公御書置 第一条)



      

 『おのぅれ武田!! おのれ、おのれおのれおのれ おのーッ!!! ( ;・`ω・´)

 『高遠継!! おぬし、幾たび"おのれ"を叫べば気がすむのじゃ!!』




                 



 さて、次回はいよいよ第三十回『天下への道』。今川義元・北条氏康・上杉憲政といったこれまで登場済みの戦国大名達に加え、あらたに甲斐武田家に立ちふさがることになる越後の強豪・長尾家の面々が登場します。

      

 今は無き名優・緒形拳が演じる長尾家の軍師・宇佐美定満が山本勘助に匹敵する存在感を、そしてGacktがドラマ初体験とは思えない圧倒的な演技力と威圧感、ビジュアルを備えた存在として初見参。五年経とうが十年経とうが見ごたえの衰えない二人に注目です。








■歴史痛Check-Point 小笠原長時の波乱に満ちた生涯。

さて、今回の塩尻峠・勝弦峠の合戦で決定的な打撃を受け、南信濃における覇権を晴信に奪われた小笠原長時ですが…――実は、この敗亡後の人生がなかなか面白かったりします。


 腐っても信濃源氏小笠原家の総領、その名声や手腕を様々な戦国大名に買われる、または利用されるなどして、水戸黄門なんか目じゃないくらいの距離を移動し各国を転々としているんです。

 1550年、今回のお話から二年後に武田晴信の進行を受けて所領を失い居城の南信濃・林城から遁走した長時は、尚も奥伊那・鈴岡城で武田家に対抗していた弟の小笠原信定を頼りますが、そこも1554年に武田家に落とされ、長時兄弟はまたもや城を捨てて逃亡。

 大河ではこのあと上杉謙信を頼ったとされていますが…実は、謙信のもとでずっと居候をしていたわけではありません。

 1555年(弘治元年)、長時が向かった先は京都でした。
 実はこの時期に室町幕府から将軍を追い出し天下の覇権を握っていた三好長慶は長時と同じ信濃小笠原氏を祖とする遠縁の同族。
 長慶から見れば小笠原長時は信濃源氏小笠原家の棟梁であり、迎え入れて優遇する理由もあります。
 かくして1559年(永禄二年)、長時は三好長慶の仲介を受け、京都に帰還した幕府十三代将軍・足利義輝の直臣となります。

 実は戦国時代の武家礼儀作法であり、馬術・弓術の家元である小笠原流の宗家でもあった長時はその技術と、ある合戦においては自ら刀を振り回して十八もの首級を挙げたという勇猛果敢な気質を買われていました。大河ではひたすら情けなさが強調された小笠原長時でしたが、ああ見えても甲斐武田家の歴史を綴った「甲陽軍鑑」でも、勇猛な大将と褒められているんです。

 現代にも小笠原流兵法として伝わるその奥儀を義輝や長慶ら三好一族に伝授しつつ、長時は近畿の戦国武将として活動。
 1564年に長慶が没すると次の実力者になった松永久秀や三好三人衆に接近し、1568年には三好三人衆と共に織田信長の奉戴した室町幕府十五代将軍・足利義昭を本圀寺で強襲しています。



 しかし、時代の流れは悲しいもので…織田信長によって、三好一族は壊滅状態に。一緒に京都まで逃げて来ていた弟の信定も討死し、長時はここで再び上杉謙信を頼って越後に逃れます。

 以降は上杉家の客将として活動しますが、1578年に越後の龍が脳溢血に倒れて世を去ると信長の猛攻を受けた上杉家は半壊滅状態。


 次に長時が転がり込んだのは、こともあろうにその織田信長の下でした。

 天下布武戦略における十年来の宿敵だった本願寺が降伏し、信長包囲網にとどめを刺した信長が次に狙った相手は甲斐武田家。
 既に信玄はこの世になく、1575年の長篠の合戦で大河『風林火山』でも活躍した山県昌景や馬場信春を失っていた武田家に対し、信長はそれを攻め滅ぼす大義名分として、長時を利用したのです。


 1581年から信長の客将として近畿に舞い戻った長時は、小笠原兵法の奥儀である馬術・弓術を織田信長・徳川家康らに伝授。

 大河『江』でも豪華絢爛ぶりを描かれた京都御馬揃えにも参加し、名門の誇りも高らかな京都暮らしでしが…なぜか長時、この京都の暮らしを捨てて、信長のもとに三男の小笠原貞慶(おがさわらさだよし)を置いて、自分は南陸奥は会津(現福島県)の蘆名盛氏を頼って都落ちしてしまいました。

 織田信長みたいなパッと出の格下に、『甲斐武田攻めの名目だけで』囲われてることに気づいたのでしょう。

 以降は、卓越した戦術家として蘆名家の軍師となり活躍しました。
 1582(天正十年)六月、かつて小笠原家を滅ぼした怨敵の甲斐武田がなすすべもなく信長に滅ぼされ、武田勝頼が死んだ報を故郷から遠い会津で、長時は聞くことになります。


 しかし、時代とは判らないもので…1582年(天正十年)、今度はその信長が本能寺で滅びました。

  織田家はまだ占領して間もなかった甲斐武田の遺領、信濃国・甲斐国の統治を放棄。
 途端に両国は徳川家康、上杉景勝、北条氏政、そして真田昌幸による千里一望の草刈場になりました。
 かつて武田信玄に滅ぼされた諏訪頼重の従兄弟・頼忠ら信濃諸豪族もこれに乗じて故地を奪還、そのなかには長時が京都に置いてきた三男・貞慶の姿もありました。
 貞慶は父が失った信州松本を取り戻し、家康の家臣として林城城主になっていたのです。


『やった、久し振りに故郷へ帰れる!!』

 長時はすぐに蘆名家へ暇乞いをし、荷物をまとめて信濃国に帰ろうとしましたが…無常なるかな人の運命は。天命を使い果たした小笠原長時は遠い会津の地で生涯を
えます。

享年七十歳、病死とも、恨みを抱いていた家臣に斬り殺されたとも伝わる最後でした。

 余談ですが、東京都の南、太平洋に散らばり貴重な動植物が残される世界遺産の小笠原諸島は、長時の孫である小笠原貞頼が発見したのが名前の由来とされています。


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