<< 【宣伝】久し振りの歴史訪問記更新!! on the 赤髭亭 | main | "歴史痛"の看板に偽りなし?戦国トリビアシリーズ【第三十五夜】 >>

"歴史痛"の看板に偽りなし?戦国トリビアシリーズ【第三十四夜】

JUGEMテーマ:コラム



 ■四月二十日のトリビア
 豊臣家五奉行にして義に殉じた悲運の将こと
 石田三成。豊臣秀吉に仕えて頭角を現したが、
 秀吉に幼馴染の彼
を奪われたことがある。  



■歴女の皆様に絶大な支持のある治部少輔、その過去に隠された光と陰。

 石田治部少輔三成。歴史fanの皆様御存知、天下分け目の関ヶ原で西軍の総帥として麾を振るった日本史に名を残す人物。

 ここ最近では、09年大河『天地人』で今をときめく小栗旬さんが『義に厚く優秀、だけど高慢なのが玉に瑕』というステレオタイプの三成を好演したのが記憶に残るところですが…実は彼の過去に、下手な韓流ドラマも真っ青な
去があったことは皆さん御存知でしょうか。
 
  ( ・(,,ェ)・) 当然ながら、いわゆる巷説…ちゃんとした裏づけのないヨタ話ですが、まぁエピソードに真贋入り乱れるのが有名な戦国武将のステイタスですからそこは一つ。


 石田三成が、後に命運を賭して守ることとなった豊臣家と関係を持ったのは、1574年(天正二年)。

ちょうど近江国(現滋賀県)の大名であった浅井長政が滅び、その旧領地を与えられた羽柴秀吉が長浜城を築き居城とした頃で、秀吉は領民の人心掌握のため盛んに城下に赴き、鷹狩りをしては領内の立地把握に努めていました。

 そんなある日のこと、鷹狩りで咽喉が渇いた秀吉は茶を所望するため、伊吹山観音寺というお寺に立ち寄ったところ…―――。


 …まぁ、いっか。こんな話は皆さん耳にタコでしょうから、ここではくとします。
 ( -(,,ェ)-) ぶっちゃけたら、お寺の小僧だった三成が秀吉に淹れたお茶の湯加減三発でがっちり内定とったっていう、あの話です。




 俗に『三碗の才』(さんわんのさい)と後世に伝承された、後に豊臣家五奉行として様々な政策に参画した三成の機智を示す逸話ですが


…――実はこの出来すぎた馴れ初めには、ある女性の惑が関係していたのです。

 その女性の名は、の方(おようのかた 1558?〜1634?)。
 当時、秀吉の側室となり『南殿』(みなみどの)と呼ばれていた、十七歳の美少女です。



 実はこのお葉ちゃん、三成と同じ石田一族の出身。父の石田長楽庵(いしだちょうらくあん)は浅井家の右筆として仕えた人物で、多くの浅井家遺臣たちがそうだったように、秀吉のもとで働いていました。

 長楽庵は三成の父・石田正継とも懇意であり、言ってみれば三成とお葉は幼馴染のようなもの。

 はい、御明察。…相思相愛の許婚関係、二人の将来は約束されていました。



 ところが、折悪く…この頃の秀吉は仲睦まじい関係だった正室の高台院(ねね、と呼んだ方が通りが良いでしょうか)が女盛りを過ぎたこともあり浮気症が加熱。

 長浜城主となり側室を囲う余裕も出来た上、38歳という戦国時代では次世代への継承を考える時期になってまだ子供に恵まれなかったこともあり、相当数の女性に声を掛けていたようなのです。
 (;-(,,ェ)-) 『秀吉の浮気がありえないくらい多い!どう思いますぅっ!?』って、ぶち切れた高台院が織田信長あてに手紙を書いたのもこのころですね。



 
そして…何の運命の悪戯か。秀吉が放った白羽の矢は、於葉ちゃんにStrikeしてしまったんです。


 既に羽柴家の家臣間でも美貌が評判になっていた於葉ちゃんを見た秀吉はぞっこん惚れてしまい、石田長楽庵を口説き落として…これを半ば強引に自分の側室にしてしまいました。

 長楽庵も苦悩したことでしょうが、既に浅井家は滅び羽柴家の…戦国の覇者・織田信長の勢力は磐石です。御家のことを考えれば断ることなど出来ません。



 二歳年下の幼馴染にして恋人・三成との離別に、於葉は嘆き悲しむことこの上ない有様でしたが…――やはり聡明な人だったのでしょう。この関係を機に、三成を秀吉に引き合わせて出世栄達の道を開こうと考えます。


 こうして彼女は『南殿』となり、鷹狩りに出かけた秀吉が咽喉の渇きを訴えた頃合をみはからって観音寺へ案内し、『同族の優秀な人物』として三成を引き逢わせました。

 かくして石田三成は、本人の思惑は関係ないとは言え…人を犠牲にして、戦国武将として世に出ることになります。

 また、秀吉もひとかどの人物…彼がいわくつきの関係であると察してはいても、その優れた観察眼で彼の才覚を見抜いていたことでしょうから…あの出来すぎた話である『三碗の才』も、そうした見方をすると途端、複雑な恋愛模様が交錯した物語となってきます。



 そして、三成が於葉の手引きで羽柴家に仕官して一年余りの月日が過ぎたある日…南殿は、男児を出産しました。


 四十路直前にして初めて授かった男児に秀吉は大喜び、石松丸と名づけ…更には気が早いことに、羽柴秀勝(ひでかつ)と将来元服したときの諱まで決めてしまいましたが…――それを聞いた石田三成と、南殿の心中はいかばかりだったことか。
 ( ・(,,ェ)・) 秀吉には、『秀勝』という名前の子供が三人いますが、実際に親子なのはこの石松丸秀勝だけです。信長から貰った養子は於次丸秀勝、大河『江』で登場した江の2nd旦那は姉の子・小吉秀勝。


 しかも、その石松丸秀勝は生後一年足らずでまさかの
死。

 悲哀にくれた南殿…お葉ちゃんも、後を追うかのように琵琶湖で入水自
してしまいました。



 無理矢理に幼馴染と引き離され、その彼を略奪した夫に推挙したけど…子供が出来た上に夭折してしまった。南殿が命を断った理由は今でもはっきりしていませんが、そんないきさつがもし本当にあったとしたら、その無念は察するにあまりあります。とてもじゃありませんが、三成とも合わす顔がありませんからね…。



 彼女の死後、三成は何かに憑かれたかの様に頭脳明晰、不惜身命の働きを重ねます。それはもう、あの秀吉から『家臣の中で、自分と比べて遜色ない才器があるのは三成だけ』と言わしめるほどの大活躍です。

 秀吉にとっての天下分け目、賤ヶ岳の合戦では後に刎頚の友となる大谷吉継と組んで槍働きし首級を挙げたほか、美濃国大垣から全速力で帰還する秀吉軍の進路を開き、事前に篝火と食糧・武具を準備することで常識を覆す軍団移動を実現。

 これに驚いた柴田勝家の先鋒・佐久間盛政は浮き足立ち敗走、これが秀吉勝利を呼び込むことになり…三成は『賤ヶ岳の七本槍』として名を挙げた加藤清正や福島正則らと勝るるに劣らない勲功を立てていたことになります。
 ( ・(,,ェ)・) 『石田三成には戦場で立てた武勲がない』なんて話はよく聞きますが、ちゃんと敵の首級を討ちとるような手柄も立ててるんですね。もっとも、人違いだという説(桜井佐吉という武将が取った首が、石田佐吉(三成)の取ったものと勘違いされた)なんてのもありますけども。


 その後、三成は豊臣政権の中枢を担う政務官僚へ転進し、堺奉行など数々の重職を歴任。

 後に豊臣家五奉行となる浅野長政・前田玄以・増田長盛・長束正家らと共に秀吉栄華の屋台骨を担い、特に豊臣政権最大の事業であった太閤検地では主導責任者に大抜擢。
 秀吉から検地に関する全権を任されるなど、優れた行政手腕で年上の彼ら先輩らにも一目置かれるニューリーダーとして成長していきます。

 あまりの寵愛振りとスピード出世、他を省みない冷淡で傲慢(に思われていた)
性格が災いし、他の豊臣家武将から忌み嫌われたほど。しかも無愛想で職務や規則に忠実な三成は孤独を深めていくわけですが…――そんな人間関係など気にもなりません。

 秀吉の政治顧問だった千利休が豊臣家の政治基盤を揺るがす存在になり、秀吉と疎遠になればこれをすかざす排除して権力を掌握。

 秀吉の後を継いで関白職になった豊臣秀次が不穏な行動に出れば、彼を切腹を追い込んだ挙句残された家族まで皆殺しという惨劇に導く。

 そして、生きていれば太閤没後に天下を狙うとまで噂されていた蒲生氏郷も先手を打って毒殺してしまった。

 ――何がいったい、三成をそこまで冷徹にさせるのでしょう?




 …彼にとって豊臣家とは命を賭して守るべき場所、働かなければならない御家だったからです。
かつての恋人・於葉ちゃんの命を、無駄にしないために。


 恋敵だった太閤秀吉が逝去したあとも、三成の豊臣家への忠誠は揺るがず…それは関ヶ原の合戦で惜しくも家康に敗れ、恥も外聞も無く逃走した末に捕縛され、京都六条河原で刑場の露に消えるその寸前まで彼を突き動かし続けました。


 そもそも、彼が1600年(慶長五年)に引き起こした天下分け目の代名詞たる一大決戦は、当初計画を打ち明けられた朋友・大谷吉継をして『無謀である』と驚愕させるほどの『無茶な賭け』でした。

 相手は関東二百五十万石を領する豊臣家五大老の筆頭格であり、かつては武田信玄や織田信長らとしのぎを削った老練歴戦の戦国武将、そして慕われる人脈も確かな次世代の旗手。天下簒奪を目論むと噂に高いとはいえ、歯向かうこと自体が馬鹿げています。


 それでも、三成は家康に挑まなければならなかったのです。幼馴染だった恋人が一命を賭して推挙してくれた豊臣家を、守るために――。





戦国時代の知られざる秘話やためになる格言、知識を得たい人は
筆者ホームページ『赤髭亭』へGo!!


■赤

http://akahigetei.weblike.jp/main.html



       ――――――― 切り取り線 ―――――――

 ( ・(,,ェ)・) 南殿は、実在こそ確認されていますが詳しい背景が不明とされ、現在も論議が続いています。於葉の方とは必ずしも同一人物ではありません。(南殿は1634年に死亡が確認されています。)

 ( -(,,ェ)-) 三成が一命を賭けて守ろうとした豊臣家最後の総領・豊臣秀頼。実は彼の父親は秀吉ではなく、石田三成だという巷説があります。
…その理由は…―-彼女を寝取った報復。これ言っちゃうと今回のお話は美談でもなんでもなくなるので、最後にぷちっとだけ書いて終わることにしました。


コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
トラックバック
calendar
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      
<< May 2020 >>

■今後、赤髭の活動拠点はHPにも拡大!!

より一層深い戦国知識と知られざる歴史秘話は
『赤髭亭』
にて御覧いただけます!!



■相互リンク
☆【日本の歴史】もっと戦国時代を知ろう! おもしろすぎる戦いの数々

富田様のサイト。戦国時代における合戦にスポットを当てて紹介されています。

■硬派かつ忠実・重厚な戦国歴史大河を、月額980円/四本で自宅に居ながらレンタル・視聴・返却!!
DVDレンタルはDMMで!!
selected entries
categories
archives
recent comment
recommend
■戦乱の世を生きた姫、激動の生涯。

江(ごう) 姫たちの戦国 前編 (NHK大河ドラマ・ストーリー)

新品価格
¥1,100から
(2011/2/16 18:34時点)

affiliates


■山本勘助、織田信長ら今人気の戦国武将の人生をPSPで疑似体験!!

太閤立志伝V

新品価格
¥4,118から
(2011/3/9 20:20時点)

■本格派かつ新鮮、新鮮かつ重厚。本格歴史大河!!

NHK大河ドラマ 風林火山 完全版 第壱集 [DVD]

新品価格
¥32,337から
(2011/2/16 17:56時点)



■インターネットビジネスを始めるなら、ホームページアドレスが判りやすい独自ドメインがオススメ!
『お名前.com』へご相談を!!


links

当ブログはリンクフリーです。
相互リンク御希望の方は
コメントをお願いします。



■ペンズオイルの
国内正規取扱店です

グリーンフラッグ


にほんブログ村 歴史ブログへ



ブログランキング・ブログ王


当ブログは『ブログ王』に参加しています。


■本格派歴史大河!!戦国乱世を駆ける隻眼の軍師の活躍!!

NHK大河ドラマ 風林火山 完全版 第弐集 [DVD]

新品価格
¥18,480から
(2011/2/16 17:59時点)



profile
search this site.
others
mobile
qrcode
powered
無料ブログ作成サービス JUGEM