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"歴史痛"の看板に偽りなし?戦国トリビアシリーズ【第十夜】

JUGEMテーマ:コラム

戦国与太噺。導入部、となぜ素直に命名出来ない。(画像は斬?スピリッツより)


■五月十日のトリビア

 『戦国の覇者』織田信長、実は二度ほど
            天下をめたことがある。(1/2)  



■革新的思考の戦国覇者、"天下布武"の第六天王も弱音をはく?

 
織田信長といえば、何と言っても戦国武将の代名詞。

 そして、武田信玄や上杉謙信、そして毛利元就ら他の諸大名が『御家の勢力基盤の拡大と保持』のみ努めていた世代…――そして、その戦略が常識だった戦国時代に初めて『天下にを布(し)』、つまり武力による全国制覇・日本統一をはっきりと意識表明し、迅速果断に有言実行した武将でもありました。


 1567年(永禄十年)に舅・斎藤道三から譲り受けていた美濃国(現岐阜府県南部)を攻略した信長は、それまで畿内諸大名の元を転々し流浪していた足利義昭を迎え入れ、これを大義名分の旗頭に奉じて上洛。

 近江国(現滋賀県)北部の浅井長政と盟友・婚姻関係となって連携しつつ、南近江の六角承禎や京都の三好三人衆・松永久秀らを次々と撃破し滅亡させ、逃亡させ、また屈服させ…神輿であった義昭を幕府第十五代将軍に推戴することに成功しました。



 以降、信長は『足利将軍家が最も信を置き、後ろ盾とする庇護者』として天下に覇を唱え、永楽通寶の軍旗と『天下布武』の野望のもとに邁進します。

 彼の野望が向かう先は、まさしく天下人。時の帝である正親町天皇(おおぎまちてんのう)や足利義昭は織田家が全国制覇を成し遂げるための御神輿、または大義名分に過ぎず…――織田家の勢力は毎年毎年、着実にその勢力圏を強めていったのですが…。



 そんな『戦国の覇者』も常時に意気軒昂、その軍事活動や勢力拡大が順風満帆だったわけではありません。少なくとも、(信憑性や信頼性はともかく)織田信長は二度ほど、天下を諦めたことがある。という事実は思いのほか知られていません。

 今宵はそのうちの一回目、1570年(元亀元年)に信長が誓紙に筆をいれてまで『もう天下を狙うつもりはない』と言わしめた一件について御紹介していきたいと思います。

 

1570年(元亀元年)
 
この年ほど、織田信長にとって最悪、最も苦しかった一年間は彼の生涯になかったといっても過言ではないでしょう。…というか、こんだけの危急存亡を迎えていながら織田家と信長が滅ばなかった、その勢力を減衰させることがなかったというのはある意味、奇跡でした。


 神輿として形上担いでいただけなはずのお飾り大将・足利義昭が傀儡の地位を脱するために反信長派閥の武将達へ『御内書』と呼ばれる密詔を発し、これに応えた朝倉義景・三好三人衆、そして石山本願寺を総本山とする一向一揆を俗に言う『信長包囲網』を結成し、義弟・浅井長政によるまさかの裏切りにも遭遇。

 1570年に信長を見舞った危機を列記するだけでも、その艱難辛苦の片鱗を見ることが出来ます。(数字は同年の月日)


4/20 将軍足利義昭の上洛命令を無視した越前の朝倉義景を
     討伐するために出陣。

4/30 朝倉家の手筒山城・金ヶ崎城を落としてその滅亡に王手をかけるも
     義弟・浅井長政がまさかの離反、織田軍の背後を強!!
      信長は木下秀吉らを殿軍にし、琵琶湖西岸を僅か十数人の家来と
     一緒に遁走。命からがら京都に逃げ帰る。

5/19 京都から岐阜城に帰る最中、六角承禎の依頼を受けた暗殺者
     杉谷善住坊
(すぎたにぜんじゅぼう)の火縄銃に撃される。
     50メートルという至近距離からだったが、銃弾は外れ命拾いする。


6/28 姉川の戦。
    
盟友・徳川家康との連合軍二万八千を率いて
     浅井・朝倉軍一万三千と北近江姉川河畔で激突。

      信長軍は軍団を十三段構えに並べ浅井軍を迎撃せんとするが、
     浅井家が誇る猛将・磯野員昌に第十一段目まで突破されるという
     悪戦苦闘。家康の援軍により事なきを得る。

8/20 岐阜に戻るが、摂津国(現大阪府北部)で三好三人衆が挙兵
     野田城・福島城を築いて軍事拠点とし京都を襲わんとする。
     これを迎撃するため休む間もなく出陣。

9/12 三好三人衆側に、まさかの石山本願寺with一向一揆が参戦!!
    
天満に本陣を置いていた信長は一揆軍に襲われ窮地に陥るが、
     家臣達の奮闘で事なきを得る。

9/16 浅井長政・朝倉義景がまた兵!! 信長が摂津に出陣し留守の隙を
     狙って琵琶湖北岸を西進、織田軍の重要拠点である宇佐山城を強襲。

     長年の重臣であった森可成・弟の織田信治が討死。

9/25 摂津国から慌てて帰ってきた信長が浅井朝倉連合軍を京都から撃退。
     しかし、ここに来て浅井・朝倉連合軍に比叡山延暦寺が参戦!!
     両軍を比叡山に匿い、篭城させる。以降戦線はこう着状態に。

        信長は延暦寺に篭城した朝倉義景に挑戦状をおくるなどして戦況を変えようと
     するが、浅井朝倉軍にこれを無視される。あげくのはてに、失策で
     長年織田家のために働いた猛将・坂井政尚を討ちにさせてしまう。


11月 伊勢長島の一向一揆が起!! すぐお隣の尾張国小江木城を強襲。
     城主だった信長の弟・織田信興を血祭りにあげる。

12/14 正親町天皇の勅命により織田軍と浅井朝倉・比叡山延暦寺連合軍が和




 織田信長が『天下を諦めた』のは、この十二月の浅井朝倉・比叡山延暦寺との勅命講和が成立したときのこと。


 敵方の総大将・朝倉義景に送った誓紙に、信長ははっきりと

       

 と、戦国の覇者らしからぬ弱気な意思表示を記載しています。

( ・(,,ェ)・)。oO ( まぁ、言うだけなら幾ら言ってもタダですが。 しかし、さしもの第六天魔王も弟二人に重臣二人を一挙に失ったとなれば、さすがに落ち込んで…もう本気で天下統一なんてごめんだと考えたのかも知れません。 )


しかし、裏を返せば…1570年(元亀元年)とは、あの戦国の覇者・織田信長に全国制覇を諦めさせるほどに、熾烈を極める一年だったのです。




 
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