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"歴史痛"の看板に偽りなし?戦国トリビアシリーズ【第五夜】

JUGEMテーマ:コラム

戦国与太噺。導入部、となぜ素直に命名出来ない。(画像は斬?スピリッツより)


■五月五日のトリビア

  熊本城・名古屋城など天下の名城を築いた
  築城術の達人とされる加藤清正。だが、実は
       城作りに詳しいのは清正の家二人である。

 

■賤ヶ岳の七本槍に虎退治。豊臣家武断派筆頭の意外な横顔

 加藤清正といえば、戦国時代後半を代表する武勲抜群の猛将であり、賤ヶ岳の七本槍としての活躍や朝鮮征伐での虎退治など、その活躍や武勲譚に事欠かない戦国武将の一人ですが、福島正則ら他の七本槍メンバーと大きく違う点に『武勲一辺倒な猪武者ではなく、内治や民政の手腕にも優れている』点が挙げられます。

 

 そんな清正の"知的な一面"でも特に優秀なのが、築城術

 生涯に十個も居城を築いた豊臣秀吉や、十二個もの城の縄張り(設計図)を受け持った藤堂高虎など、同時期に活躍した戦国武将は多いのですが、清正が築いたとされる熊本城や名古屋城、江戸城は揃いも揃って『天下の名城』として謳われました。


 特に居城とした熊本城に関しては、その美しい威容もさることながら、明治維新後まもなく起こった『戦国武士最後の戦い』である西南戦争で明治政府軍が篭城拠点として使用。

 西郷隆盛率いる不平士族軍との激戦を演じ、そして本州からの援軍が来るまで耐え抜いたという…いわば『戦国時代に築城された城で唯一、代戦の舞台となった城』という稀有な存在であり、その難攻不落の堅牢振りは、文明開化の時代を切り開いた明治維新三傑の一角・西郷隆盛に

『おいどんは官軍に負けたとじゃなか。清正公に負けたとでごわす』

 と言わしめたほどでした。



 また、土木工事や治水事業の手腕も超一流。


 当時は複雑な流れのためにしょっちゅう洪水を引き起こしていた肥後国(現熊本県)の河川流域には堤防の建築や"川の流れそのものを変える"という一大プロジェクトを敢行。
 暴れ川揃いだった肥後国に夏場の安寧をもたらす偉大な功績を残し、今も熊本県民に『せいしょこ(清正公)さん』と呼ばれ親しまれています。




 しかし、槍一筋の武人であったはずの清正がいつ、こんなに優れた築城技術や治水工事の知識を得たのでしょう?

 元々清正は勇敢かつ潔癖な武人肌の武将であり、豊臣家武断派の筆頭核。家訓などを見てもがっちがちの尚武軽文で、"インテリ"という言葉とは程遠い…というか、無縁と言っても良い武将。

 そもそも、民政家・築城達者でもあるならば当然、官僚派の石田三成らと同じ職務に就く事も多くなるはずで…そうなれば秀吉死後に仲間を煽動して三成襲撃まで画策するほど仲が悪くなるというのも、変な話です。



 そして、加藤家は武士の家系ながら父・清忠の代に刀鍛冶師へと転進したという変り種の御家。譜代の家臣がいない秀吉の意向から、十歳頃には既に武家勤め見習いはしていたでしょうが、幼少時から徹底した英才教育を受けれていたとは考えにくい境遇でもあります。
 ( ・(,,ェ)・)。oO( まぁ、これを言ってしまうと尾張の貧農の子を出自とする豊臣秀吉はいつ築城の名人になれたんだ、ということにもなりますが…。)




 いったいぜんたい、武士道一筋な清正がどうして築城術・治水土木の秀才たり得たのか。


 …実を言えば、これは『加藤清正の治世術的分野を担当した影武者』とも言うべき、二人の重臣によるものなのです。



 その二人の重臣とは、飯田(いいだなおかげ)森本(もりもとかずひさ)

 実名より通称の『飯田覚兵衛』(いいだかくべえ)、そして『森本儀太夫』(もりもとぎだゆう)で知られる武将で、それぞれ加藤清正の右腕的存在でした。
 元々この二人と清正はそう歳も離れていない幼馴染であり、秀吉に仕え始めた頃もほぼ一緒だろうと推定されています。

 三人は共に羽柴家で功を競い合う、良い好敵手の関係でしたが…加藤清正が賤ヶ岳の合戦で手柄を挙げ、出世を果たしたため『それじゃあ虎之助(清正の幼名)の為にいっちょう働くか。』と、その家臣になったという経緯があります。


 覚兵衛と儀太夫は二人とも清正同様に合戦では勇敢な武人でしたが、覚兵衛は石垣積みに特異な才能を示し、また儀太夫は湿地や沼沢地など足場が良くない水辺で建築物を作る才能に長けている一面を持ち合わせていました。

 特に覚兵衛は日本の城と違い、街ごとぐるりと城壁で取り囲んでしまう『朝鮮半島式の築城法』、その石垣積みの奥儀を心得て居たそうで…熊本城の石垣が『武者返し』と呼ばれる、登れば登るほど急傾斜となり最終的にはまったく身動きが出来なくなってしまう仕掛けになっているのは、覚兵衛がその知識技術をいかんなく発揮した結果だったりするのです。


 また、後に加藤清正が大活躍する舞台となった朝鮮征伐ではその朝鮮式築城技術を逆利用し、晋州城攻撃の際には『亀甲車』(きっこうしゃ)と呼ばれる装甲戦車を発案、石垣と城壁を破壊する手柄を挙げています。


   


 また、森本儀太夫は加藤清正が命じられた江戸城の普請で大活躍。

 江戸城は徳川将軍家が天下にその権威を知らしめる一大モニュメントとすべく、徳川家に従う大名総てを動員して築かれたのですが…加藤家が担当したのは後にあの井伊直弼が暗殺された桜田門と日比谷の付近でした。


 この当時は既に、豊臣秀吉発案とされる『割り普請』が一般的。

 江戸城は諸大名が小さなチームに分かれて各部署を分担し、『誰が一番早く、そして綺麗に仕上げられるか』を競い合うような状況でした。当然、加藤家の担当する桜田・日比谷にも競争相手として浅野長晟(あさのながあきら)が割り当てられました。

 浅野家は秀吉の正室・ねねの養家。皮肉にも同じ豊臣恩顧の武将と鉢合わせになったわけですが、お互い手を抜くわけにはいきません。ヨーイドン、で両家はどちらが先に普請を終えるか競争になったわけですが…。



 開始直後から石垣を積み上げはじめた浅野組に対し、儀太夫が監督している加藤組はそれを他所に、まず地質調査から始めました。
 当時の日比谷は今とは違って東京湾にほど近く、江戸の町自体が元々沼沢地だったためです。

 儀太夫の慧眼は『こりゃあ足場が緩すぎる。石垣は後回し、先ずは地盤固めだ』と判断。石垣を積み上げる予定地周辺から萱(かや)を刈ってこさせ、それを緩い地盤に敷き詰めました。
 そして、周辺から子供を呼び集めて鬼ごっこやらかけっこやらで元気良く遊ばせた上、大人たちには『相撲をとれ』と指示。

 結果、大人と子供がどっすんばったんとおおはしゃぎした加藤組の地盤は敷き詰めた萱が踏み固められ、しっかりとした足場に変わりましたが、それから石垣を積みはじめたものですから大きなタイムロス。

 普請の完成速度に関しては浅野組の大勝利となってしまいました。



 しかし、後日になってこの加藤・浅野組が担当した桜田で激しい夕立が降ったところ…地盤固めをしていなかった浅野組の石垣は崩落事故が発生、百数十人の圧死者を出すという悲惨な不祥事を起こしてしまったのに対し、加藤組の普請した石垣はびくともしない堅牢振りだったのだとか。

 加藤清正が築城術の達人であるという面目躍如を果たしたのは言うまでもありません。



 
■しかし、惜しいことに…加藤清正が1611年(慶長十六年)に謎の急死を遂げると、森本儀太夫はその翌1612年(慶長十七年)に後を追うかの如く逝去。

 残された飯田覚兵衛は清正の遺子・忠広を補佐して肥後加藤家に仕え続けましたが、その加藤忠広が1632年(寛永九年)、二代将軍秀忠の死去後に突如として改易されると、引く手数多だった諸大名からの家臣の誘いを断って故郷の山城国(現京都府南東部)に隠棲し、そのまま亡くなってしまいました。

 惜しいかな、加藤清正の築城達者たる名声を縁の下で支えた両者は、肥後加藤家が幕末まで続く礎になることは出来ませんでした。


 …――しかし、清正と覚兵衛・儀太夫らが築いた名古屋城・熊本城に残された石垣は平成となった現代、その武勲譚と業績を顕彰するものとして今もその偉容を留め続けています。


 

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