大河『江』第三十回 愛しき人よ 感想

JUGEMテーマ:コラム


■さて、昨日に引き続き今宵は『関ヶ原合戦寸前!大河「江」強化週間』、更新を滞納していた第三十回『愛しき人よ』から第三十四回『姫の十字架』までの感想と解説をまとめて更新していきます。

 それでは、御一緒して頂ける皆様の時間を少々拝借。 。゜+. m9っ;・`ω・´)っ 。+.゜ Time Stopper !!

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■第三十回 『最悪の夫』総評


 話のあらすじは1595年(文禄四年)、京都伏見の徳川屋敷から。前回、さんざん揉めた挙句に徳川秀忠(向井理)に嫁ぐことになった江(上野樹里)。
 豊臣家の人間ではなく徳川家の嫁として迎えた最初の朝は、寝坊から始まる。寝ぼけ眼に入った徳川葵の紋を見て仰天しつつ覚醒するお姫様。どこのラブコメ漫画だ。



 父親譲りなのか、漢方薬の本(本草綱目か?)を退屈そうに読み耽る秀忠。『良く寝るものですねー』と、やはり素っ気無い態度。

 秀忠の傅役を勤め、徳川家康の参謀である本多正信(草刈正雄)が江に拝謁し、『織田信長の姪』と持ち上げると表情を緩ませるお姫様。

( ・(,,ェ)・)oO( だから十三年前に死んだ魔王の後光をどこまで引っ張るんだと。)


 豊臣家に置いて来た愛娘・完の風車と、亡き夫・豊臣秀勝(AKIRA)の形見である短刀と手紙。それを眺めて過去を偲ぶ江。豊臣家には戻らない、徳川家の人間になると言ったはずだが、まだ未練が断ち切れない。

 徳川家康(北大路欣也)は嫡男と姉さん女房の表面だけおしどり夫婦っぷりにご満悦。『夜もばりばり励んでいる』と言われて噴出す江。

 男児をもうけろと言われて『私は子を生む道具じゃない』と言い放つ暴走姫様、夫の丁寧な言葉遣いを非難するよりそのスィーツな考え方はもっと如何なものかと思う。



 そして徳川家生活二日目も順調に寝坊する江。


 無理に起きなきゃいいのに、とやっぱりそっけない秀忠。夫が登城したあとは風車と一緒に朝っぱらから黄昏る。そんなブルー気分の妹のもとに突然訪れた次姉・初(水川あさみ)、いきなり抱きつくなり号泣。なんだ、何があった。



 江じゃなくっても『え?』と言いたくなる展開、聞けば夫の京極高次(斉藤工)に男児つきの側室があって、それが隠蔽されていたのが原因だという。

 正室のヒステリーに、家臣使用人の前で堂々と土下座して謝る高次。
もと室町幕府四職家・佐々木源氏の嫡流、なにやってる。っていうか一夫一婦制の旦那が浮気したんじゃないわけだが。



 そして鼻かんで泣きながら、妹に子供をねだる姉。でもって断られたらケチと罵る姉。この姉あって、娘をほっぽりだす妹あり。

 
そして、亡父の遺品をもっていることをさも当然のように看破する姉と、それをめぐって取っ組み合いしてる最中に夫に帰宅され取り乱し、蓋で手を詰める妹。

 ( ・(,,ェ)・)oO( だからラブコメ漫画は大河じゃなくって雑誌でやれ。 )

 帰宅した秀忠に今日の出来事を聞くと『何、興味あるの。じゃあ夫婦になりたいってことでFA?』と切り返される。即座に否定。(仮面)夫婦の会話終了。


 愛娘と亡父秀勝の思い出を眺めながら不貞寝する江。それを秀忠がきれいさっぱり目撃。だが、あの天邪鬼がどうしたわけか姫様覚醒に気づくとなぜか逃走。よくわからないツン振り。


 太閤豊臣秀吉、病の床に伏すとの報を受けて心配そうに表情を曇らせる江。秀忠に『親の敵で、バツ2にさせた張本人が心配か?』と突っ込まれると『姉の夫だ』とぽつり。

 『では、城に行って殿下に会ってくれば?』とそっけない態度に言葉もなく撤退する江。そして嫁さんの退去を見て速攻、櫃のなかを確かめる秀忠。遺品を見て舌打ち、捨てるのかと思いきやなぜか元通りに仕舞ってしまう。

( ・(,,ェ)・)oO( どうして今年の大河の旦那組はこう、はっきりしないのが多いかな。)



  義父・徳川家康に秀吉の病状を尋ねる暴走嫁。『たいしたことはなさそうだが、江と話が出来ないままだと心配してたぞ?』と何食わぬ顔で説明しつつ薬研で漢方生薬づくりに没頭している振りをする家康。


…――しかし、江退場後には『秀吉の病状から目を離すな』とピシャリ。この一瞬だけで一気に画面の空気が歴史大河っぽく。



 結局、秀吉の病状は回復。

( ・(,,ェ)・)oO( ちなみに秀忠は秀吉の年齢を御歳五十八歳と言っているが、秀吉は1595年で五十九歳だ。まさか数え歳じゃなくて満年齢で歳を数えたのか、秀忠。


 しかし江と秀忠の夫婦仲は回復しないまま一年ほどが経過。食事のときも顔をあわせない、中庭を挟んでの暮らし。家康でなくっても孫が出来るか心配になる展開。ということは1596年(文禄五年/慶長元年)になったということか。


 そして秋になって、ついに江が豊臣家を通して離縁を申し出る。『どっちかが夫婦になりたいと思うまで意地っ張り合戦』を申し出たはずの秀忠、『自分に断りもなしに。不愉快な』。


 お前はツンなのかそれともただの天邪鬼か。



 そして、ここで徳川屋敷に大火事が発生!!! 


 燃え盛る紅蓮の業火に江の亡父と愛娘を偲ぶ品がまさに失われようとしている。悲嘆にくれながら意識を手離しかける江を、秀忠が捨て身で救出。


 これ、事実上の『嫁にしたい宣言』で通らないか。離縁してって言われた晩に、仮面嫁相手に。



 そして、秀忠が燃え盛る徳川屋敷に再突入。

 徳川家の世継ぎが窮地へ再び舞い戻ったというのに誰も後を追わないし止めない展開。そして、江のだいじな大事な思い出の品を持って生還!! いよいよツンデレフラグが立ったか秀忠。

 ( ・(,,ェ)・)oO( 一人ぐらい後を追え。っていうか徳川家級の大大名家の屋敷が侍女の取り落とした火種程度で燃えるのか。確か徳川家康の屋敷には寝ずの番の守衛が大勢いたはずだが。)
 

 火事騒動が済んでのち、珍しく素直に謝って礼を言う江。
 そして緊急時が終われば相変わらず素っ気無い態度を貫徹する秀忠。

 そのあまりの温度差に『私を今まで女として馬鹿にして遠ざけてきた!!』と逆切れする江、けれど秀忠の方が一枚上手。


 結局、遺品を死ぬ気で取り戻してもなお寛大にそれを許した秀忠の懐広さに半泣き顔になった江が白旗、意地っ張り合戦は秀忠に凱歌があがり、暴走お姫様に『私の勝ちでいいなら、夫婦になりましょう』宣言で締め。



―――難産な夫婦の契りっていうか、暴走お姫様がたんにややこしいだけな気がしなくもない。


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■話の展開に困るとなにか事件を起こして、そのついでに江の性格・感情修正する脚本はこれで何回目だ?


 物語は、率直な感想としては『戦国時代末期を舞台にした安直な恋愛物語』と言ってしまえばそれまでの様な印象を受けました。赤髭は女心どころか秋の空すら判らない心情読めずの人非人を自認しておりますので、こういう恋愛模様な展開になってくると正確な判断が出来ません。


 それを抜きにしても、江というキャラクターは冷静に観察すると『えらい自分本位な我がまま暴走お姫様。』ですので、どういう物語展開で徳川秀忠に心を靡かせるのだろうかと思ってましたが…――言うに悪いですが、火事とか不測の事態で手っ取り早く括りつけるってのはストーリーテラーとしては反則にしか思えません。



 相変わらず、『私は子供を生む道具じゃない』とか、初が京極高次に側室が居たことに嫉妬して離縁宣言とか…戦国時代を舞台としているにはあまりに歴史軽視な展開で、歴史モノの醍醐味である時代の情緒であるとか舞台の根底に流れる得力というものが感じられない。



 前にも、江姫は新しく出来た初めての父親・柴田勝家(大地康雄)に心を開くことが出来ず、家出して柴田家家中や馬廻り役を困らせ、柴田勝家に張っ倒されることで自身の境遇を自覚し、初めて父親として勝家を受容することが出来たくだりがありましたが…

 今回の『火事で秀忠という人に心服する』という展開、似過ぎているような気がしてならないんですよね。 ( ;=`ω=´)



 確かに題名が『姫たちの戦国』とありますし、08年大河『篤姫』で激動の歴史を生きる女性像を描ききった脚本の妙を、戦国時代に置き直すのだから…当然、姫君たちの視点で見た物語展開になるのは当たり前、なんですが…。

 『女性視点で戦国物語を描く』のと、『女性の価値観をそのまま当時に導入して戦国時代風の物語を書く』のは似て非なるもののような気がするんですが…――ねぇ。


 男尊女卑偏重思想は良くないし受けないのは判りますが、その歴史自体を否定するのは間ってる気がします。
( ;・`ω・´) 

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【大河『江』、今週の注目人物!!】
 今回もこれといって強く推せる武将は居ませんが、しいて言うなら本多正信。



 今までもちょくちょく家康の話し相手として登場し、戦国武将の存在感と威厳が侍女以下な大河『江』、居るのか居ないのかよくわからない酒井忠次や本多忠勝と比較し、わりと目立っていた程度なポジションの正信ですが…実は徳川家康にとって最高の幕僚であると同時に、秀忠にとっても後々まで重要な意味をもつ武将となります。


 特に、次週放送されるだろう関ヶ原合戦では秀忠の評価や人生に大きな影響を与えるかも。

 草刈正雄のダンディな雰囲気、アクの強すぎる岸谷秀吉や向井秀忠の存在感に勝るような武将になっていくかどうか…歴史痛的にはひそかに注目しています。

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【大河『江』歴史物語 〜物語に隠された裏事情〜】

■かつては織田信長すら震撼させた家康自慢の三河武士、けど困った悪癖がありました。

 さて、今週も大河『江』の物語に隠された秘話や裏事情を、需要や真贋を鑑みずに紹介していくこのコーナー。

  まずは前回、太閤豊臣秀吉が直々に読者の皆様へたたきつけた挑戦状の答えあわせからですが…。

┌──────

□正解は、

 大坂城の見物に来ていた徳川家康から『こんな城、太閤殿下でも落とせないんじゃないですか?』と持ち上げられ、得意のあまり心中にしまっておいた「大坂城攻略法」をのうのうと家康に伝授してしまった。家康はのちに、このときのアドバイスをもとに大坂城を陥落させた。

 でした。
                            ──────┘


 おだてられると調子に乗るのは、猿回しのサルと豊臣秀吉。



 とくに秀吉は大坂城を自信の最高傑作と確信していて、関白太政大臣になり位人臣を極めても、遠方から大坂城をたずねて来たものがあれば自身が率先してガイドになり、広大な城郭や千畳敷の座敷、大坂の街を展望できる朱塗りの天守閣などを案内して回ったということですが…。

 ある日、徳川家康が大坂城を訪れた際も得意になって城内を案内し、感嘆した家康から



『この大坂城は三国無双の堅城でござりまするな。まさしく難攻不落、城攻めに巧みな太閤殿下でも攻めあぐねるのではござりませぬか?』


と持ち上げられたのだとか。

 すると、大坂城も自慢だけどそれ以上に自信過剰な秀吉、あっさり口を滑らせてしまいます。


 『うむ、大坂城は内外二重の堀と幾つもの櫓・石垣が張り巡らされた天下の堅城、まともに力攻めしても落ちるものではない。

  だが、儂ならば…――まずは適当に攻めて、きりのいい所でいったん和睦し、その条件として城の外堀を埋めさせる。


   このとき、何か言いがかりをつけて内堀も埋めさせ、また戦いを再開すればさしもの大坂城も裸同然、攻め落とすことが出来るだろう。』

 と、言わなくても良い事をあっさり教えてしまったんだとか。


 これを参考にしたのかどうかはわかりませんが、徳川家康はのちにこの大坂城と相対した際にまったく同じ手段を使ってこの堅牢無比の超巨大要塞を陥落せしめています。

  まぁ、史実というより俗説にちかい話なので…幾ら秀吉がお調子者でも、こんなことは…。



 いや、言いそうかなぁ…太閤殿下なら。 (;-(、、ェ)-)


 …と、まぁ。そんなこんなで大河『江』は今回、徳川屋敷の大火事というアクシデントを経て秀忠・江夫婦の仲が落ち着くという安いラブコメ漫画みたいな物語展開を見たわけですが…――

 今日は、そんな徳川家康の家臣の扱い方の妙、そして徳川屋敷の警護体制からの出題です。さて、今夜のゲストは…――。



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□お初に御目に掛かりまする。拙者は徳川家家臣・本多佐渡守正信でござる。以後、宜しくお見知りおきのほどを。


 さて、今宵は主君・家康公の代官としてブログ読者の皆々様に『くえすちょん』を献上するべく推参仕った次第にござる。

 本来であれば我が君が謹んで申し上げるべくことなれど、いよいよ風雲急を告げる世情にて、なにとぞ御容赦御理解のほどを宜しくお願い申し上げまする。


 さて、今宵は…ちょうどこの第三十話の頃、伏見徳川屋敷で起きたあるエピソードからの出題にござる。


 此度は物語の上の話なれど、我が徳川家が家中の不注意で火事を起こしてしまい申したが…これは決して徳川家中が花の都に舞い上がり、日々の鍛錬を怠っていたわけではござらん。


 家康公も内大臣の官職を賜り、今や太閤殿下に次ぐ地位を持たれる実力者。その屋敷には大手門に番兵の屯所があり、盗人や不埒者が潜入せぬよう、二十四時間体制で警戒にあたっておったのでござる。


 侍女が火種を落とした程度で大惨事など…――この本佐(ほんざ、本多佐渡守正信の略)の目が黒いうちは絶対に起こさせませぬ。



 なれど、三河武士は主君の為ならば勇敢、不惜身命の忠誠を示すかわりに、粗野で気性が激しゅうござる。


 恥ずかしきことながら…中には屋敷の警護を怠り、番兵の任務を誰かに肩代わりして貰って遊郭にくりだし、遊女を買って春を楽しむ者…早い話が、『風俗遊び』にうつつをぬかす者も居り申した。

 なに。『そんな不届き者は暇を出せばよろしい』とな。


 …それは出来申さぬ。

  三河武士はかつて甲斐の虎・武田信玄公にも賞賛された武辺者揃い。いざ合戦となれば、誰もが家康公のために命を賭するものども、そうでなくても足軽は野卑で度胸のあるものでなければ務まらぬもの。酒や悪所通いで処罰など、とんでもないこと。



 …されど、かといって徳川屋敷の警護を怠られるのも考え物にござる。もし間違いがあれば、此度の大河『江』のような災害や、徳川家の威信にかかわる一大事にもなりかねませぬ。


 そこで、我らが主君・家康公は一計を案じられ申した。


 その結果、徳川屋敷を警護するものに遊郭で買春をするものがはたといなくなり、三河武士の風紀が著しい改善をみせたのでござる。拙者も、そのなさりようの深慮遠謀には思わず膝を叩き申した。


 さてさて、ここで問題にござる。


 果たして、家康公が番兵達の風俗遊びをいっぱつで止めさせた妙案とはいったいなんであったか、読者の皆様方にはお判りであろうか?



 以下の三択より回答だと思う条項を選んでくだされ。

…はて、ヒント…でござりまするか。…――敢えていうならば…『親の血を引く兄弟よりも、固い絆の…』、でござりましょうか。

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 徳川屋敷周辺にあった遊郭や妓楼に、『三河弁を話すものが客として来たならば、徳川家に申し出よ。その者に褒美をとらせよう』と喧伝し、未然に番兵達が警護を怠らぬよう工夫をした。三河弁は京洛では目立つため、抜群の効果があったという。

 徳川屋敷の番兵達に『仲間の職務を肩代わりした者は、律義者として家康公じきじきに褒美を貰うことが出来る』と吹聴した。主君への忠義に厚い三河武士の心根をうまく利用した名案。

 徳川屋敷周辺の遊郭や売春婦達を調査し、なぜか徳川家康が直々におしのびで遊びに出掛け、大いに盛り上がった(爆。


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 先日の太閤殿下に続き、今夜は徳川家最高の参謀が乱入。最近、『物語に隠された裏事情』じゃなくって知られざる裏話クイズの様なコーナーになってまいりましたが、この際それは気にしない方向で(汗。この問題の回答は次回更新にて発表させて頂きます、乞う御期待。


 はいそこ、2ちゃんの『ちょっと良い話・悪い話スレ』とかROMり倒して、調べようとしない。m9;`・(,,ェ)・)


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■大河『江』 第三十回【愛しき人よ】
【註・あくまで歴史痛の観点から視聴した個人的感想です。】


■総合 ★★☆☆☆ 今回はただのラブストーリー、険悪なまま離縁と思わせておいて秀忠の懐の深さを見せ付け、これまで厭なヤツでしかなかった徳川の御曹司に親近感を湧かせる回でしたので…まぁ、このての女心がさっぱり理解できない赤髭には何も言うことはありません。ただ、もうちょっと…――その、老舗歴史物語の金看板・大河ドラマなんだからもうちょっと深みのある話に出来なかったのかとは思いますが。( ・(,,ェ)・)

■戦闘 ☆☆☆☆☆ 特筆して言うべきことはありません。

■俳優 ★★☆☆☆ 今回の見てて安心する俳優陣は、相変わらず性根のひねくれ具合が素敵な岸谷秀吉と、江の前では良い人やってるけどちょっと裏を見ると安心の腹黒さだった北大路家康くらいしか、戦国武将の風格を感じさせた顔ぶれは居なかったと。…次点で草刈正信。赤点は京極高次。

■恋愛模様 ★★★★★ 今回はたぶんそういう方面のお話だったんでしょう。今まで全然惹かれあう余地もなかった徳川秀忠と暴走江姫がやっと心通い合わすことが出来る夫婦になれたんですし。けど、歴史考証の薄さ・軽視がそのままストーリーの安っぽさを呼んでる気がしてならない。篤姫のような高評価はいまだ耳に聞きませんし…。

■役立知識 ★☆☆☆☆ 家康がまた薬研でごりごりと漢方薬を作ってました。あと、冒頭で秀忠が読んでいたのはおそらく家康がお薬研究の教科書としていた漢籍『本草項目』じゃないかなと。変なとこのディティールに凝るのに、なんで物語の歴史考証は軽く見ますか。

■歴史痛的満足度 ★☆☆☆☆ 大河『風林火山』と平行してみてるせいかギャップが(以下略


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□江紀行で紹介されたのは京都府/京都市。
 豊臣秀吉が最後の居城とした伏見城址(伏見桃山陵)、大河『天地人』で直江兼続の主君として活躍した上杉景勝の屋敷跡周辺、江と秀忠が祝言を挙げた徳川家康屋敷跡…今は日清戦争の英雄・乃木希典が祀られている乃木神社などが紹介されています。


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■さぁ、いよいよ次回は…少々送れ馳せにはなりましたが、太閤秀吉の生涯に最後が訪れます。

 本年大河『江 ~姫たちの戦国~』第三十一話「秀吉死す」および第三十二話「江戸の鬼」の感想と解説は、明後日九月八日更新予定です。

大河『江』第二十九回 最悪の夫 感想

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■さて、今日は日曜日…大河『江』第三十四話、「姫の十字架」が放映される夜です。

 先ほど赤髭は一足先に視聴させて頂きましたが…何と言うか、相変わらず江・徳川秀忠夫妻は『それはひょっとしてギャグで言っているのか?( ;=`ω=´)と言わざるを得ないようなスィーツ過ぎる発言を繰り返しておりました、はい。


 …――徳川家康の嫡男である秀忠をひっつかまえて『武士やめよう、百姓になろう』とか…たとえ冗談と判っていても、正気かと突っ込みたくなります。( ・(,,ェ)・)oO( 今日も『姫たちの戦国』は平常運転。 )

 勿論、今宵を最後に物語から退場する細川ガラシャ(ミムラ)の悲愴な最後(姫たちの戦国、と題した割りにえらい扱いが小さかったですが)や、石田三成(萩原聖人)・徳川家康(北大路欣也)といった大物戦国大名が遂に天下分け目の大戦・関ヶ原の合戦を勃発させるなど、歴史痛的にも見所が抜群な展開も確かに多くありました。

 すぐにでも情報を整理し、解説を掲載したいところなの、ですが…。


 …――御覧の通り、当ブログは大河『江』に関する歴史知識の紹介・解説をすると言っておきながら、第二十八回を最後に感想論評が途絶えたままです。

 そうでなくっても戦国武将達の活躍に乏しい本年大河。

 この『関ヶ原合戦前夜』を見過ごしてしまうと……――それすなわち物語の最盛期かもしれないシーン、言い換えれば『歴史痛としてはもっとも美味しい旬の時節』を逃してしまうことになりかねません。

 ( ・(,,ェ)・)oO( 久方振りに旗指物つきの鎧武者が画面に映ったんですから…たぶん間違いなく戦国Fan的にも最盛期でしょう、今が。 )

 そこで…――いささか無謀ではありますが、赤髭は今週一週間を『関ヶ原合戦寸前!大河「江」強化週間』と宣言。
 これまで滞納していた第二十九回〜第三十三回を纏めて掲載、一気に遅れを取り戻すという無茶な策戦を立てることにしました。


 「今さら第二十九話とかの感想・解説をされても困る。」と御思いの方もいらっしゃるとは思いますが、秀吉没後から関が原の合戦に至るまでの経緯を再確認し、なぜ天下分け目の大合戦が勃発するに至ったのかという情勢は、戦国歴史痛を自認する赤髭としては是が非でも解説しておきたいのです。


 と、いうわけで…――計画倒れになりかねない強行軍ではありますが、今週は一挙五話分の感想連載を敢行致します。手始めに、今宵は第二十九話の感想・解説から。

 それでは、御一緒して頂ける皆様の時間を少々拝借。 。゜+. m9っ;・`ω・´)っ 。+.゜ Time Stopper !!




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■第二十九回 『最悪の夫』総評

 話のあらすじは1595年(文禄四年)、京都伏見城から。亡きかつての夫・豊臣秀勝(AKIRA)が朝鮮の巨斉島で戦病死してから三年、娘の完も四歳に。

 養父・豊臣秀吉(岸谷五朗)から唐突過ぎる徳川家への嫁入りを命じられ、外交の道具扱いに例によって激怒した江(上野樹里)。
 秀吉の側近・石田三成(萩原聖人)が婚礼について話を勧めるが耳を貸さない。一方、徳川家康(北大路欣也)から説得された婿側の徳川秀忠(向井理)は、シニカルかつ投げやりにそれを受諾する。




 姉・初(水川あさみ)までもが婚約を説得するが、相変わらず江は意固地。三成は着々と婚礼準備を進める。例によって(?)ぶち切れて帰ろうとする江に、とうとう徳川家康までもが説得に訪れた。




 天下人・秀吉はものともしない江だが、何かと家康には弱い江。バツ2だ、六歳も姉さん女房だ、子供がいる。豊臣家の命令に逆らえないんでしょ?しかし、そこは家康。それらの言葉をのらりくらり。さらに秀忠との不仲を告白し、江ならば秀忠を御することが出来ると太鼓判。


 『なぜそこまでして私を買うのか。』と至極当然な疑問を訴える江。それに返した家康の言葉は『わからない。しかし、貴女は宝を持っている。』と意味不な殺し文句。



 その直後に嫁入りイヤイヤ宣言を翻し、突如として結婚を決めた江。姉の初が思わなくってもコロコロ変わるとぶっちゃらける。

『叔父に、嫁に行けと言われたような気がして』
 十三年前に死んだ人に言われた気がして人生変えれる姫様も珍しい。ある意味一途だと言えなくもない。


  江の徳川家嫁入りを聞かされ驚嘆する茶々(宮沢りえ)。そんなことは聞いてないと怒り、先に切腹して果てた豊臣秀次のことを引き合いにだし、詰め寄る。

 しかし例によってここ最近頭の回転率が最盛期のン%しかない秀吉、すべては拾と豊臣家のためと、眉のない狒々親父よろしく微笑むばかり。

 そんな納得しかねる茶々を説き伏せにかかったのは石田三成。婚約そのものを不服としていた彼女を説得した挙句、江から完を取り上げるように頼むのだった。


 いよいよ婚礼が本決まりになり、江にこの縁組の必要性を説く秀吉。例によって『徳川家のために嫁に行く』と突っぱねる暴走養女に、愛娘・完を『おいてけー。』と差し押さえる秀吉。見てて清清しいほどに黒い。



 そしてその瞬間沸騰湯沸かし器で婚約破棄、家康の顔をあっけなく潰す江。しかし、茶々がすかさずレシーブを入れると即座に納得。この軸のぶれっぷり、菅直人前首相を髣髴とさせるものがある。


 夜、江のもとを訪れる石田三成。完を『おいてけー。』宣言させたのは自分だと暴露する。例によって(何度目だ)ぶち切れる江。しかし茶々はすかさず過去の自分達が父母の仲違いや御家滅亡でどんな目にあってきたかをフィード&フラッシュバックさせ、即座に暴走お姫様を納得させる。

 いつか豊臣家と徳川家が敵同士になるかもしれない。そのとき完がどれだけ苦しむことになるか。いやなフラグ上げる茶々。完は守るとか、守れたものの方が皆無な江が言っても困る。しばらく考えろと茶々は冷却時間をおくことに。


 結局、完を茶々に託して徳川家への嫁入りを決意した江。二度と会わない、その覚悟で遂に江は最後の夫・徳川秀忠に嫁いでいくことになった…――二度と、娘とも会わないという覚悟で。

 で、そんなこんなで御対面となった江と秀忠。人生に流されるのではなく気が向く方向に流れていくと今さら宣言する江と、けっきょく流されてるだけじゃんとシニカルに、わりと冷静に突っ込む秀忠。最後の最後は『どっちかが夫婦になりたいというまで意地っ張り対決』宣言で締め。―――BGMも悪いが、話の展開もよくないぞと誰もが思ったところで「終」。




■話がシリアスになったりラブコメテンポになったり。感情移入が難しい展開。
□さぁ、いよいよ大河『江』も中盤を終えて佳境へ。今までさんざん婚姻で貧乏くじを引いてきた主役の暴走お姫様が最後の嫁入りを達成しました。今回は、その二転三転する江の心模様や周囲の人物の動きに終始した展開だったように思います。

 例によって皮肉っぽさ100%のひねくれ秀忠ですが、どうにも雰囲気が軽い。今はまだフラグが上がり切っていないのかも知れませんが、『ゲゲゲの女房』で発揮された存在感の頼りがいとかが目下はまったく感じられません。( ・(,,ェ)・)


 これが終盤の最重要人物になるんかと思うと色々不安だ。



 徳川家康と本多正信(草刈正雄)は安心の存在感。ただ、『あんたは宝を持ってる気がする』という殺し文句、言葉変えれば『なんだかよくわかんないけど、いい線行ってる気がするんですよ』という意味にも取れる。

 たまたま故・織田信長の言葉とかぶっただけで結婚決意させれるキラーパスかは甚だ疑問。

 ただ、姫たちの戦国。と銘打っただけあって…後々、歴史の流れにおいて様々な悲喜こもごもの命運を辿る三姉妹やその関係者がほぼ全員顔を出し、フラグを敷設していったような気がする。特に石田三成は重要なフラグを立てた予感。

 今回のお話の要点は『江、秀忠の嫁になる』『秀吉の秀次一家ジェノサイドは豊臣家と茶々のため発言』『江に愛娘を置いていかせる理由』『将来、豊臣家は徳川家と敵対するかも発言』。

 とくに最後の茶々と江の会談シーンは意味深。ネタバレしてない視聴者の皆様はここをよく覚えておいたほうが良いかも。


【大河『江』、今週の注目人物!!】
 やはり石田三成でしょうか。江に完を置いていかせるよう茶々に説得させる布陣を敷いたのは豊臣家中屈指の策士・石田治部少輔なわけですが…――最後、ろうそくの揺れるシーンでみせた妙な振り返りと何か腹に一物もってそうな表情。関が原合戦に向けての前準備か?



【大河『江』歴史物語 〜物語に隠された裏事情〜】

■最近なにかと注目されてる御様子の豊臣秀吉、その最大の失態とは?

 さて、今回も赤髭がある意味一番しっくり来て、安心してみられた人物といえば…やはり、視聴者にも抜群のやな感じ的印象を与える暴虐の天下人・豊臣秀吉。



 前回では一度後継者に据えたはずの甥・豊臣秀次を一族もろとも滅亡させ、それを『豊臣家と茶々を守るため』とかのたまってみたり、徳川家に嫁入りしていく江に向かって、まるでモノでもとりあげるかのように『おいてけー。』と言い捨てたシーンなどで、やはり気になる方もいらっしゃるのか…



 ここ最近、当ブログを閲覧に訪れる皆様の検索ワードの一位は『江 感想』ではなく『豊臣秀吉 性格』がぶっちぎりで一位だったりします。(苦笑

■たぶんこの記事に引っかかってるのかも。と思い実は密かに加筆修正してます。


 さて、そんな一般受けする人気もカリスマも斜陽に入った天下人・豊臣秀吉ですが、さすがにその頭脳明晰さにもかげりが出てきたのか…。


 この頃のエピソードとして…後に『豊臣家滅亡の銃爪(ひきがね)になったであろう壮大なポカをやらかした話しが伝わっています。



 前回、血のつながった甥であり一度は後継者と定めた秀次を族滅し、その遺体を埋めた墓を『畜生塚』と名づけるほど冷酷な地盤固め、LoveLoveお拾たんを立派な豊臣家後継者とすべく頑張った豊臣秀吉、いったいどんなヘマをやらかしたんでしょうか。


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□ぃぇぁ。これが二度目の登場になるかのう。
 御存知、尾張の貧農の倅から山王日吉神社の申し子、足軽から関白太政大臣に成り上がった一代の風雲児・豊臣であるッ。


 赤髭めが散々ばらに余の『とあるエピソード』を失策だ何だとこき下ろしておるようじゃが…――これはかなり信憑性のない、緩いお話だと最初に言っておくぞ?


 今回第二十九話は、京都伏見城が舞台だったわけじゃが…この頃(文禄四年、1595年)の時代を『安土桃山時代』というのは、余が最後に居城とした伏見城が京都の桃山町にあったことに由来しておる。

 当時は桃山町という地名は無かったため、安土伏見時代と言うべきだと主張する者もおるようだがな。



 しかし、この稀代の英雄・豊臣秀吉の権威の象徴であり、その居城の代名詞といえば…やはり大坂城ということになるじゃろうのう。

 平成の世に残った大阪城など比較にならんほどの巨大さを誇った豪華絢爛、堅牢無比なこの超巨大要塞は当時、城郭としての敷地面積ならば世界最大級じゃった。

 このことは、もう追放済みじゃが…キリシタン伴天連たちが『こんな城はおそらくヨーロッパにも無い』と褒めちぎっていた安土城をあらゆる分野で凌駕していたことを思えば、おそらく間違いないじゃろう。


 しかし、わしも後のことを考えればバカなことをしたものじゃ。

 実は、ある日…ついうっかり調子に乗りすぎてな、大坂城を見物しにきたある者に『とんでもないこと』をしてしもうたのじゃ。


 さて、お主らは余がいったい、どんなポカをやらかしたか知っておるかの?


 以下の四択より答えるが良い。例によって、他の連中と違って一項目多いのが太閤流よ。果たしてこの難問が解けるかな?

 ヒントは…――『猿もおだてりゃ木に登る』かのう。

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 朝鮮出兵後の和平交渉で大坂城を訪れていた李氏朝鮮の使者の頭を、上機嫌のあまり鉄の扇子で思いっきり引っぱたいてしまった。これが原因でのちに朝鮮出兵が再開し、力が衰えた大坂城は落城した。


  大坂城の見物に来ていた徳川家康から『こんな城、太閤殿下でも落とせないんじゃないですか?』と持ち上げられ、得意のあまり心中にしまっておいた「大坂城攻略法」をのうのうと家康に伝授してしまった。家康はのちに、このときのアドバイスをもとに大坂城を陥落させた。


 大坂城見物に訪れていた奥羽の大大名・伊達政宗と最上義光を公然の前で『田舎者めが、こんな城は見たこともあるまい!!』とあざ笑ってしまった。後に、両名はこのことを根に持って豊臣家と敵対することになった。


  大坂城のデザインについておすぎとドン小西に『センスがない』と酷評され激怒、大阪城を訪れていた日本ブレイク工業に命じて城の一部をブレイクしてしまった。後にこの部分から敵に攻め込まれ、大阪城は落城した。


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 …またまた太閤殿下直々に乱入されてしまいましたが…―――さて、一項目除いて…お調子者の秀吉ならどれもやっちゃいそうなことばかり。いったいぜんたい正解はどれなのか…ですが、答えは次回更新にて発表いたします。 


 はいそこ、wikiで調べて先回りしない。( ・(,,ェ)・)


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■大河『江』 第二十九回【最悪の夫】
【註・あくまで歴史痛の観点から視聴した個人的感想です。】



■総合 ★★★☆☆ あれだけ意固地になっていた、ってかなって当然の江を一気に、なんだか納得いかない理由で徳川家嫁入りを決心させた回にしては話の流れがいま一つ。やっとのことで出来た愛娘・完と『宝をもっているような気がする』なんて曖昧な理由で、叔父に説得されたようだからと言ってあっけなく置いて来るのはいかがなものか。あと、ここ暫く黒かった三成が急に漂白されたのも気になる。( ・(,,ェ)・)

■戦闘 ★☆☆☆☆ 今週もびっくりするほど皆無でした。まぁ、ある意味終盤の秀忠・江が寝所でぶつけあった妙ちくりんな意地ッ張りもいくさといえばいくさかも知れませんので、贔屓目で★ひとつ。

■俳優 ★★★☆☆ 今週は岸谷秀吉こと関白殿下は大人しめ。あん人の驚きの黒さというか性格のゆがみ具合が唯一の見せ場なのに。あと、向井秀忠は相変わらずあっさりしたひねくれっぷりで、今のところ武将としての風格が皆無。こまったもんだ。

■恋愛模様 ★★★☆☆ 終盤、寝所での秀忠vs江のシーンを恋愛模様といえばそうなのでしょうか。しかし、どこまでもお姫様本位の大河である。

■役立知識 ★★☆☆☆ 今後も、大河の主役としてはびっくりするほど子宝に恵まれることになる江ですが、最初の娘が豊臣家に居残りになったというのは史実。わりとどうでもいいことを堅実にトレースしてくれるのが………歯ぁがゆいッ。(。=(,,ェ)=)。(川平慈英)

■歴史痛的満足度 ★☆☆☆☆ 大河『風林火山』と平行してみてるせいかギャップがひどい。まぁ、この項目評価は純粋に赤髭が向くか向かないかなので、話半分の評価で。


□江紀行で紹介されたのは静岡県/浜松市。
 かつて徳川家康と武田信玄による激闘が繰り広げられた城で、今は家康の嫡男・信康の墓がある二俣城址・清瀧寺、家康の次男・結城秀康が誕生した中村家住宅、そして今週江とイヤイヤ夫婦となった三男・秀忠が生まれた浜松城址・二の丸跡・秀忠誕生の井戸などが紹介されています。



本年大河『江 ~姫たちの戦国~』第三十話「愛しき人よ」感想と解説は、明日九月五日更新予定です。

大河『江』第二十八回 秀忠に嫁げ 感想

■「上田真田まつり」の武者行列・決戦劇の参加メンバーを募集中。

 戦国の武者に扮して、上田真田まつりにあなたも参加してみませんか?親子で、お友達と一緒に、個人でもグループでも大歓迎です!

 今年も長野県・上田城跡公園で
『第29回 上田真田まつり』
が開催されます。平成23年4月16日(土曜日)に開催を予定していたところ、東北地方太平洋沖地震及び長野県北部の地震の発生したため中止していましたが、この秋…平成23年9月19日(月曜日)に改めて開催することとなりました。



■今年三月に発生した東北北関東大震災で、多くの催し物やイベントが自粛もしくは開催禁止に追い込まれましたが…――そんな中でも珍しく気を吐いたのが、やはり真田幸村

 今が類を見ない戦国時代ブームとはいえ、未だ信州北部では震度4クラスの地震が起きるなかでの開催決定は、単なる町興しイベント敢行というわけでなく、不惜身命の六文銭…――かの真田幸村の勇敢な突撃を思い起こさずにはいられないような快挙です。




 そして、このイベントの面白いところはと言えば、何と言っても…戦国武将イベントではおなじみの鎧武者行列、あの戦国の気風あふれる重厚な鎧を着てお祭りに参加する人員を一般公募で募集しているということでしょう。 



■応募詳細

決戦劇と武者行列があります。

 
1)武者行列と決戦劇に参加
決戦劇に徳川軍として参加した後、武者行列に真田軍として参加 ※簡単な衣装替えがあります。
35名 募集中
(2)決戦劇のみ参加 徳川軍として決戦劇のみに参加
※簡単なチャンバラの配役があります。
50名
募集中
(3)武者行列のみ参加 幸村なりきり隊に自前の衣装で行列のみに参加 60名
募集中




参加資格:参加内容によりそれぞれ次の条件があります。
 (1)の方は、少なくとも前日と当日のリハーサルに参加できること。
 (2)の方は、2回以上の練習(チャンバラ稽古)と1回以上のリハーサルに参加できること。(日程は以下のとおり)
 (3)の方は、真田氏をイメージした衣装(赤備え甲冑、真田十勇士など)を用意でき、事前に衣装写真もしくはイメージ図を提出できること。

 (1)(2)は高校生以上(未成年者の場合は保護者の同意が必要)、(3)は年齢条件はありません。(未成年の場合は保護者の同伴が必要)

参加費:無料(衣装レンタルがある場合も無料です。)

当日の集合時間:(1)(2)の方は午前7時
        (3)の方は午前9時
        ※決戦劇終了は午後1時予定、行列終了は午後2時30分予定です。

 



■これも町起しイベントの一端なのでしょうが、その祭りの雛形…花舞台とも言うべき戦国鎧武者行列を一般から募集、というのは戦国FANとしては夢のあるお話。しかも、何せあの武田の赤備えを伝統的に継承した真田幸村のこと、貸し出される鎧具足は間違いなく…燃えるような真紅、かつて徳川家康を翻弄したであろう赤備えでしょう。


■真田幸村の義侠に憧れがある、もしくは最近のメディアで幸村FANになられたという方も…ここは一念発起、イベントに参加しては如何でしょう。赤髭は…―――この季節に、信州長野県まで車中泊でGoとなると、ちょぉっと難しそうですねぇ…。(=(ェ,,)=;)


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 ■ それでは、今回はいよいよ当ブログでの扱いがお菓子のおまけ以下だった大河『江』の感想&与太話、その第二十八話『秀忠に嫁げ』について、久方振りに紙面を割いてお話していこうと思います。



■第二十六話『母になる時』総評
  秀吉(岸谷五朗)は新たに京都伏見に伏見城を築き、第二児を身篭った側室・淀(宮沢りえ)と拾を迎え入れた。 

 秀吉のあからさまな溺愛ぶりに、関白・秀次(北村有起哉)は自分が排除されるのではと恐れ、酒とタカ狩りで気分を紛らわす。江(上野樹里)は、そんな義兄・秀次が心配でならなかった。


 そこへ家康(北大路欣也)が息子・秀忠(向井理)を伴って訪れる。


 それは、秀次のご機嫌うかがいを装った偵察だった。そうとは知らない秀次は、改めて秀忠を招き、なんとか徳川を味方につけようとするが、秀忠は悠然とかわす。


 そんな2人のやり取りを目の当たりにした江は、不安を募らせる。 そして、「淀と拾を頼む」という秀吉の言葉からその心中を察した三成(萩原聖人)が動き出す。

「太閤殿下への謀反の疑いあり」と証拠を積み上げ、秀次を高野山追放へと追い込んだのだ。

 江は、切腹を命じられた秀次のもとを訪れる。しかし、江の説得もむなしく、秀次は切腹して果てる。


 秀吉はこれに満足せず、秀次の家族をことごとく処刑し、聚楽第を焼き払った。あまりの非道に怒る江。そんな江に追い打ちをかけるように、秀吉はさらなる命令を下す。



  「そなた、嫁に行け」。


その相手は、なんと秀忠だった…。



□いよいと太閤・豊臣秀次が排除され、死に追い遣られるという、個人的には晩年の秀吉最凶の失策である大事件が発生した第二十八回ですが…さらっと流す気でいたに違いないと思っていた豊臣政権末期の人物をこと細かく、色んな角度からスポットを当てて描写しているのに気づかされます。

 前々から赤髭は二言目には『江には戦国武将の登場人物があまりにもな過ぎる!!』と文句を言っていたわけですが、ここ最近の江に近しい人物の相次ぐ逝去や印象の薄かった夫・秀勝(AKIRA)の死、そして今回の義兄豊臣秀次の切腹など、一回に起きる事件の数が依然とは段違いに多いのがここ数回の特徴。

 知名度はなくても江姫に親しい人物に的を絞り、あくまでも『姫達の戦国』という視点で物語を織り成していくうえでは、遠く四国や九州、小田原城に名護屋城…朝鮮半島まで場面を動かす必要性も薄ければ、加藤清正や福島正則の登場しなければならない都合もないのかもしれません。

 もう時代の覇者・豊臣秀吉の権勢も一門衆の瓦解もあって早くも先行き不安。

 今まではコミカルな三枚目から奸智に長けた参謀役と忙しくキャラを変えてきた石田三成(萩原聖人)が、主君の為に豊臣家を守らなければいけない、と顔をくしゃくしゃにして言う場面などは、視聴者が覚えきれないほど豊臣家の武将達をキャスティングしていると時間の都合もなくなり、深い描写も出来ないでしょうし…『戦国武将があまり登場しない、お姫様主体の戦国物語』だからこそこ出来たことだといえます。

 石田三成の背後事情や後の挙兵の理由を説明できていた大河って、振り返ればそんなにあったようには思いませんし。(小栗旬さんが三成役を後援した09年大河『天地人』でも、その変の描写はわりと薄かったようですし。)



 今思えば…――『話が戦国ものらしくない』『江が適当に暴れて周囲の戦国武将が振り回されてる』『時代考証がわやくちゃだ』という大河『江』の非難囂々も、ようするに商業的な勝利を収められれば問題なし、じゅうぶん聞き逃せる苦情だったかも知れません。

 まじめに戦国大河して玄人受けは抜群だったけど視聴率的には振るわなかった07年大河『風林火山』で、NH○様は大河ドラマの"本当の作り方"に、気づいてしまったんじゃないか…最近はそんな風に考えている次第です。


■今回のお話のポイントは『伏見城建設』『太閤豊臣秀次の粛清』『秀次の死と一門衆虐殺』『江、秀忠に嫁ぐ』の四ポイント。

 いろいろ詰め込みすぎた感のあった前回と比べ、今回は秀次の死と秀吉の衰退振りが視聴者に強く印象付けられ、結婚についてよりも『豊臣政権の没落の足音が聞こえる』というイメージを視聴者に気づかせる回だったように思います。


 特に、豊臣秀次を好演されていた。北村有起哉さんの表情や…養父に愛されず後継者としても肩身が狭くなり、弟も失って将来に嘱望が持てなくなった哀れな二代目の顔がすばらしかったです。

 相変わらず主人公の姫君は暴走機関車、秀次に合わせまいとする三成に対し『秀次に会わせよ、死ぬのは怖くない』とか言って命で脅迫するようなこと言ったりとやりたい放題でしたが…『あんたこないだ娘生まれたばっかりだろ』という突っ込みを入れたくなりますし、相変わらず表情や挙動に感情移入できる熱気というか、器がない。

 何度も同じ評価で申し訳ありませんが、姫たちの戦国ながら、『あぁ、見ごたえがあったなぁ』と思った回は毎回戦国武将が物語りの主役だった回という皮肉な内容だった気がしなくもないです。 



 今回のMVPは、赤髭としてはぶっちぎりで豊臣秀次です。




 戦国歴史SLGなどではどうしようもない低能力をつけられ、戦場でも目立ったエピソードがない秀次ですが、彼が領地としていた近江八幡に施した政治がすばらしく領民に慕われていたことや、ことあるごとに散財したがり的確な財力管理が苦手な秀吉と違い経済観念に優れていたこと、また当代でも類を見ない風流人であったことなどを見ても、決して無能な二代目というわけではありません。


 あのまま秀頼が生まれなければ太閤という名の大御所・豊臣秀吉の庇護を受けて立派な二代目となり、それこそ…今回に江が嫁いだ徳川秀忠の様に『偉大な二代目』として歴史に名を残す可能性があった武将なのです。

 江が嫁いだ徳川秀忠が歴史の二代目という人物枠で 陽 であるなら、秀次は 陰、しかも自身の失策落ち度はなく…ただ『後継者問題で幸運に恵まれなかった』という、悲しいもの。



 最終的には歴史的に見て勝ち組になる江ですが、姉が中枢部まで入り込んだ豊臣家が今後どうなっていくのか。豊臣家とは今も潜在的な敵同士である徳川家に身を移すことになった江の運命はどうなっていくのか。

 秀次の死もそうですが、一世一代の英傑・豊臣秀吉の晩年という歴史の波乱を予感させる時代背景。今後は物語に大きな変化が予測され、またそれを予感させるようなお話でした。



■ さて、今回もリベラルを装った歴史痛視点(蹴)での感想でしたが…いかがだったでしょうか。

 次回予告では、江にとって最後の結婚相手、生涯の夫婦になるはずの徳川秀忠(向井理)がしきりに顔を出していましたが、慇懃な徳川家康の嫁入り要請に対し、秀忠が挟む台詞は臍曲がりな言葉ばかり。

 今は亡き父母の仇敵であり、姉を奪っていった男の養女から一転、その潜在的な敵の大名家へ嫁ぐことになった江。

 太閤豊臣秀吉の衰えも著しい天下泰平も長くは続かず、いずれ三姉妹にも次代の波が襲い掛かっていきます。戦国武将達の華々しい浪漫のうらにしっかりと生きた女たち、姫達に待ち受ける命やいかに。



本年大河『江 ~姫たちの戦国~』第二十九話「最悪の夫」は日曜夜八時、明日放映予定です。

大河『江』第二十六回 母になる時 感想

■長野県真田町商工会が『真田三代歴史検定』申込の受付を開始。

 □上田市の真田町商工会青年部は、地元ゆかりの戦国武将真田氏に関する知識を試してもらう「真田三代歴史検定」を8月7日に実施する。

 真田幸村の祖父幸隆が建てたとされる真田氏の菩提(ぼだい)寺、長谷(ちょうこく)寺などがある「真田の郷」をアピールしようと、初めて企画。歴史や史跡、人物に関することなど「初級」の100問を用意し、50問以上の正解で合格とする。今月28日まで先着200人で参加者を募集している。
 

 二言目には『いまだかつてない、日本全土級の一大戦国ブーム』と吹聴し続けている当ブログのお気楽管理人ですが…さすがにテレビや新聞といった一大メディアではその熱狂振りを大々的には宣伝しないのが現状。おかげで、同じ戦国武将・戦国時代Fanであってもその熱狂振りと経済効果の認知度には差がある模様。


 それでは、赤髭が発掘してみようと思い立ちネットを調べてみれば…まぁ、出るわ出るわ日本全国、御当地武将を餌にPRして町おこしをしようという企画諸々。


 今回はそんな中から、『真田』の名を平成日本に脈々と伝承し、真田幸村を筆頭とする真田一族発祥の地・長野県真田町の商工会議所が発表した『真田三大歴史検定』をご紹介します。
 


□問題は全て四者択一で、前上田市立博物館長の寺島隆史さんらが監修した。
 週刊上田新聞社刊「疾風六文銭 真田三代と信州上田」を公式テキスト、信濃毎日新聞社刊「真田三代 活躍の舞台」を参考書に指定。

 問題の半数以上が両書から出される。合格者には、認定カードと真田氏の家紋「六文銭」をデザインしたピンバッジが贈られる。








 昨年6月の同青年部定例会で検定実施の提案があったのを受け、同部とOBらが実行委員会をつくり、地元で開かれる「真田まつり」との同日開催に向けて準備を進めている。実行委はいずれ中級、上級の検定も企画する考えだ。
 
 検定を提案した同青年部OBの宮崎凡(やすし)さん(41)=上田市菅平高原=は「真田氏といえば、上田城跡がある旧上田市や長野市松代町が目立ちがちだが、真田地域にもゆかりの場所はたくさんある。検定を通して地域の魅力を発信したい」と話している。

 

■赤髭も過去には、安土城郭資料館でひっそりと開催されていた織田信長検定に百点満点で合格。とかいう無駄知識の有効活用をした記憶がありますが、どうやら真田三代検定はかなり本格的な御様子。

 テキストその他は歴史・戦国グッズ販売の真田雁丸屋さんが全国販売している模様。八月七日に長野県上田市真田町に出向かないと検定が受けられないのが悔しいところですが…。



 地元町おこし企画なのだろう『真田まつり』に合わせて開催するあたり、知名度も人気もトップクラスの真田幸村でライトな歴史Fanのみならず腕自慢の歴史FANをも呼び込もうという意気込みがひしひしと感じられます。

 不景気風が吹きすさび、耳の聞こえも悪いマイナスイメージな事件しか響いてこないこのご時世をものともしない戦国時代人気。今後もこの調子で戦国時代ブームの熱気を維持し続けて欲しいものです。

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 ■ それでは、今回はいよいよ当ブログでの扱いがお菓子のおまけ以下だった大河『江』の感想&与太話、その第二十六話『母になる時』について、久方振りに紙面を割いてお話していこうと思います。

■第二十六話『母になる時』総評
  話のあらすじは豊臣政権開幕から一年で訪れた暗雲、崩壊の序曲が前奏を始める1592年(文禄元年)から。


 相模北条家を降して天下統一を完成した豊臣秀吉だったが、それから間もなくして政権のNo.2であり長年苦楽を共にしてきた弟・豊臣秀長(袴田吉彦)を失い、政治顧問的存在だった茶頭・千利休(石坂浩二)を意地の張り合いの末、切腹自害に追いやってしまう。

 その上、五十歳を過ぎてようやく恵まれた最愛の子・鶴松をも病で亡くし、髷を切り落として半狂乱となる秀吉。もはや天下統一を達成した当代きっての出世人・関白太政大臣の威風はなく、白髪が増えて老け込んだ秀吉はすっかり往年の勢いを失う。


 側近の石田三成(萩原聖人)の献言により朝鮮出兵・明国討伐を開始した秀吉は筑前名護屋に城を築き、総勢三十万の大軍を率いて異国征服事業に取り掛かる。

 陸戦軍が李氏朝鮮の都を陥落させた報告に気を良くした秀吉は自らも渡海を計画、九州名護屋に着陣するが…上機嫌な太閤殿下とは裏腹に、豊臣水軍は朝鮮水軍に苦戦を強いられていた。

 江姫が二番目の夫として愛情を捧げる若き貴公子・豊臣秀勝(AKIRA)にも出陣の命令が降る。

 まるでこれが最後の別離かのように江へ感謝の言葉をかける秀勝を笑顔で見送った江だったが、これが今生の別れになるとは知る由も無かった。


 日本全土、豊臣家に忠誠を誓う諸大名がみな朝鮮出兵に追われていた1592年(文禄元年)七月

 天下人・豊臣秀吉の母であった大政所(奈良岡朋子)が病床に臥す。豊臣秀勝の子を宿していた身重の江が見舞うなか、大政所は新婚生活を合戦で引き裂いた秀吉の非道を江に侘びながらその生涯を閉じる。

 従一位大政所、享年八十の大往生だった。


 秀吉は最愛の母の臨終に間に合わず、半廃人の様な評定で母の仏壇前に座り込み悲嘆に暮れる。その横顔には日本史上最大の出世人となった武将の雰囲気はほとんど見受けられない。

 李氏朝鮮水郡が誇る装甲戦艦・亀甲船の前に苦戦を強いられる豊臣秀勝。本土からの補給線が絶たれ兵糧が滞るようになった日本軍は朝鮮民から食料を徴収し、泥棒呼ばわりされる始末。

 秀勝は朝鮮人民に難儀をかけてはならないと一喝するが、部下の侍が朝鮮民に斬りかかろうとするのを止めた際に斬撃を受けて昏倒。


 傷は深く、容態が悪化する秀勝。そして遂にはその戦陣内に倒れる…。


 間もなく臨月を迎えようとしていた江の元に、呆然となった豊臣秀次が『秀勝病死』の報を持って訪れたのは、それから暫くしてのことだった。

 あまりの悲嘆に産気づいた江は今や亡父の忘れ形見となってしまった女児を出産。

 かつて実父の顔も記憶もなく戦乱に命を授かった江姫は、皮肉にも同じ境遇の娘を授かることとなった―――。




□気づけば大河『江』も残り二十話を切る佳境に入ったわけですが、そのせいか話の流れが急速です。

 先週、ようやく二番目の夫・豊臣秀勝と結ばれたかと思えば今週にはもう死別、前回・前々回から豊臣秀長・千利休といった大物が次々と歴史の表舞台を去っていく中、今週は大政所と豊臣秀勝がフェードアウト。

 江の生涯のどこに強く焦点を当てるのかは定かではありませんが、いささか話しを詰め込みすぎている様な感が否めません。

 今回のお話も『朝鮮出兵』『秀勝との新婚生活』『秀勝出兵』『大政所の死』『妊娠発覚』『秀勝の死』『初めての出産』とかいつまんでみても七つものポイントがあり、いったいどこを重視していいのか判らないストーリー展開。


 視聴後に残るのは『なんか波瀾万丈だなぁ』という漠然とした感想で、印象に残るシーンはどこかと聞かれると絞込みに困る様な内容だった気がします。



 ただ、この『豊臣政権が徐々にほころび、朝鮮出兵でその基盤が崩れ落ちていく過程』というこの時期は普通、漫画や映像化などの題材に採り上げられることが少ないため、そういう意味ではなかなか見所のある時代ではあります。

 大河『秀吉』では竹中直人さん演じる豊臣秀吉の一大出世物語をスケール大きく逞しいストーリー展開で描写しましたが、どうしたわけか天下統一完成後の生涯は語られることがなく、夕陽が寂しく輝く大坂城を秀吉が一人とぼとぼと歩いていくシーンで終幕となっていましたし…


 秀吉を主人公格とする様々な物語でも、晩年に起こった数々の事件についてはあまり触れられません。



 信頼する弟妹や政治顧問、最愛の我が子に実母…次々と大切にしていたものを失っていく豊臣秀吉。かつて大阪城を築き親類縁者を招いた際のこぼれるような秀吉の笑顔を思い出せば、大政所逝去の次のシーン、仏壇の前で眉根をひそめて悲嘆にくれる秀吉の顔には、才気煥発な戦国きっての風雲児である秀吉しか知らない視聴者にはとても新鮮だったのではないでしょうか。

 三姉妹にとって、かつては父母の仇敵と憎みこそすれ同情や愛情を抱く相手ではなかったはずの豊臣秀吉が朝鮮出兵という狂気の裏で胸中に抱いていた思いは、少し前までは五十歳過ぎとは思えないバイタリティにあふれていた秀吉を一気に老いた寂しい権力者へと変化させています。ここは実力派俳優・岸谷五朗さんの面目躍如な表情といっていいでしょう。




【大河『江』歴史物語 〜物語に隠された裏事情〜】
■戦国時代きっての親孝行にして親不孝、豊臣秀吉。

 前回に最愛の嫡子・鶴松を失った際には半狂乱になって悲嘆に明け暮れた秀吉でしたが、今回は最愛の母を失い…なにやら自失呆然といった様子で仏壇前に座り込んでいました。


 『我が子と母親では、悲しみ方のスケールがあんだけ違うのか秀吉(・(ェ,,)・ )』、と思われた視聴者の方もいらっしゃるかとは思いますが…実は秀吉、母が危篤という情報を筑前名護屋で聞いた際には、これ以上にないというほど取り乱したと記録に残しされています。



 日本中から東洋医学は勿論、南蛮人と一緒に渡来していた西洋の医学者をも招集して大政所の治療に全力を注がせたほか、京都奈良の大神社・仏閣には大規模な病気平癒祈願を命令。

 もちろん自身も様々な神仏に祈願文を奉納し、その文面は『自分の命は幾ら縮めても構わない、一日でも長く母の命を永らえて欲しい!!』と藁にもすがるような懇願振り。


 さらには、九州から瀬戸内海の最短距離航路を猛スピードで帰還、全力で大坂に戻ろうとしますが…ここで何と一大トラブルが発生!!

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□尾張の貧農の倅から日吉山王神社の申し子、足軽から関白太政大臣に成り上がった、古今無双の風雲児・太閤・豊臣であるッ。


 『何、まぁた三択問題のくえすちょんをしに来たのか?』じゃと。

 儂に文句を言わんでくれ、筆者が抑揚のない堅物歴史コラムにちょっとでも花咲かせようと、無い知恵を絞って考えた催し物なのじゃからのう。

まぁ、儂のような器量に優れ天地人の皇に愛された天賦の才には判らん苦労じゃがな。かっかっか!!  ( -(,,ェ)-)oO( ほっとけや )




 さて、平成日本の歴史数寄をも虜にし、戦国武将でも五百年に渡る崇敬を受けた儂であるが、どうもわしが天下を取って後の日本史…歴史的事実についてはあまり知られておらんようじゃのう。


 無理もないこと、血沸き肉踊るような闘争の次代は終わり、天下泰平の平和が訪れた安土桃山時代のこと。数多の群雄が割拠した戦国時代を思えば、それほど取り立てて話題になるような事件も無いからかもしれん。
 


 だが、後々の時代まで『狂気の侵略戦争』と呼ばれ、この秀吉一世一代の失策とされた朝鮮出兵など、掘り返して見れば面白い事件も多いのじゃぞ、実は。
 
 例えばじゃ。…――今、筆者である赤髭が説明しようとした『一大トラブル』。


 実はこの頃、一歩間違えればこの太閤秀吉の身に『戦国歴史が変わるかも知れない大事件』が起きておったのじゃ。



 
さて、お主らはそれがどんな事件だったか知っておるかの?
 

 以下の四択より答えるが良い。他の連中と違って一項目多いのが太閤流よ。

 果たしてこの難問が解けるかな?
  ヒントは…――『板子一枚下は地獄』かのう。


ゝ泙い蚤膾箴襪北瓩觝櫃棒ジ容盂い魴侏海靴燭、大嵐に遭って乗艦が沈没。あやうく遭難死しかけた。

∨前国(現大分県北部)を経由して太平洋航路で大坂城に戻る際、南蛮人の戦艦に砲撃された。

山陰道を経由し大坂城を目指したが、出雲国(現島根県東部)で尼子家の残党に襲われ、あやうく斬られかけた。

ず蚤で大坂城に戻るため山陽新幹線の切符を買ったが、ホームを間違えて下関に着いてしまった。


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 急に太閤殿下直々に乱入がありましたが…―――まぁ、正解は急いで大坂城に戻る際に瀬戸内海を経由したが、大嵐に遭って乗艦が沈没。あやうく遭難死しかけた。』です。


 たぶん、日本全土を統一した時の政権指導者が大嵐で遭難死しかけた、だなんてのは後にも先にも豊臣秀吉くらいのものでしょう。




 本能寺の変や賤ヶ岳の合戦では当時の常識を覆す猛スピードで目的地に到達した経験もある秀吉でしたが、天下人になって足が鈍ったのでしょうか?

 幸いにして秀吉の身柄は毛利秀元(毛利元就の孫、毛利輝元の従兄弟)によって無事救護され、大坂城に生還することが出来たのですが…


 その時には既に大政所はこの世を去り、戦国時代きっての親孝行者だった秀吉は『親のに目に立ち会えない』という最大の親不孝をするハメになりました。

 最愛の母の遺言やこう着状態に陥った戦線を立て直すため、悪夢の朝鮮出兵は一時中断されることになりましたが…


  大河『江』での仏壇前で途方に暮れていた秀吉は、まさに命懸けで最後の親孝行をしようと大冒険をし、命からがら大坂城に帰ってきた直後だったということになります。


 なお、秀吉の危機を救い『天下人が海難事故で危機一髪』という大事件を未然に防いだ毛利秀元は秀吉から感謝と大絶賛を受け、1595年(文禄四年)には周防国・長門国(現山口県)を与えられ毛利家より半独立状態の大名となりました。


 この際、秀吉は秀元に『毛利秀元は秀吉の恩人である。このたび与えられた防長二国はその感謝の印であり、何人たりともこれを奪い取ることは出来ない!!』という朱印状を与えたそうです。

 後に毛利家はある『天下分け目の大合戦』で貧乏くじを引き、あやうく御家断絶となりかけましたが…――この時の秀吉からの感謝状がその危機を救うことになります。



■ さて、今回もリベラルを装った歴史痛視点(蹴)での感想でしたが…いかがだったでしょうか。

 次回予告では、結婚二週目で早くも未亡人となった江が涙しながら夫の名を呼ぶ印象的なシーンが登場。

 関白太政大臣を辞して太閤となった豊臣秀吉、しかし朝鮮出兵は明王朝が李氏朝鮮に援軍を出して戦線はこう着、援軍を出そうにも海にでは朝鮮水軍が百戦錬磨の豊臣水軍に圧勝。

 野望遥か彼方、異国占領を目指す秀吉の眼に映る野望とは…秀勝の遺言とは何なのか。そして、波乱続きの三姉妹を待ち受ける命やいかに。



本年大河『江 ~姫たちの戦国~』第二十七話「秀勝の遺言」は日曜夜八時、明日放映予定です。

【戦国歴史をリアルに楽しく疑似体験するシリーズ】私をイクサに連れてって Vol.3【武器防具/前編】 with 大河『江』第二十五回 愛の嵐 感想

JUGEMテーマ:コラム


■松本龍復興相が宮城県知事にブチギレ! 「今のはオフレコ。書いたらその社は終わり」と言うも東北放送が報じる


 さて、ここ一週間で起きた出来事といえばやはりこれでしょうか。
 初代復興大臣をたった三日ばかりで撃墜させたある意味大事件、松本前復興大臣の恫喝じみた居丈高発言。



 まぁ、あの程度のお偉方風吹かせた嫌味な上司だなんて生き物は私たち下々のサラリーマンから言わせれば言い方ぁ悪いかも知れませんが、それまあ腐るほどいるわけで…――この程度の騒動でさらに傷口が広がってしまった民主党はそんだけマスコミに目の敵にされているんでしょうが…。

 なんと言いますか、本当にあの菅首相って人は運が悪いというかタイミングのまずい人ですねぇ。
( -(,,ェ)-)




 社民連時代には大どんでん返しで入閣したと思ったら薬害エイズ事件O-157事件でいきなり謝罪行脚でスタートして、


 在野ン十年、やっとのことで政権取ったと思ったら旗頭にしてた鳩山前首相が盤石なはずの勢力をガッタガタに壊して総理投げ出して、


 座りたくもなかっただろう崖っぷちの総理大臣に座ったと思ったら今度は数百年に一度の大地震が起きて、


 そしてその地震の爪痕を少しでも癒そうと思って、これだと思った人材に白羽の矢を立てたら、その人が舞い上がって暴言吐きすぎて任命一週間持たずにぽしゃる。



 これが戦国時代なら、武田信虎がごとく板垣信方や甘利虎泰に不信任案つきつけられてクーデター起こされるか、

 さもなくば合戦で味方に見捨てられて打ち取られて、首が届けられたのに『そんな不幸の髑髏に用はない』とか鍋島直茂に受け取り拒否されるか。


 それか、豊臣秀吉の配下として虎視眈々と反撃の機会をうかがう徳川家康みたいな野心家に勢力基盤ひっかきまわされて政権ごと転覆させられるか。 (( ・(,,ェ)・)これについては既に、小ざw…何ですかこんな時間にウワヤメロナニヲスル)


 とにもかくにも、ある意味戦国時代級に国家の危機である平成日本の統領としては不運すぎるし頼りない限り。



 案外、国民や一般庶民が思ってて、かつ言いたいと思ってることを臆面もなくズバズババッサリと言ってのける、江姫のような天真爛漫な脳天気カリスマは、今の平成のような時代にこそ必要とされてるのかも知れません…。 ( ;・`ω・´)




 【戦国歴史をリアルに楽しく疑似体験するシリーズ】私をイクサに連れてって Vol.3【武器防具/前編】

 さて、そんな他愛もなければオチも弱い(今自分で言ったな)赤髭の愚痴はサランラップにくるんでレンジでチン、するとして…今週も【戦国歴史をリアルに楽しく疑似体験するシリーズ】を御案内いたします。



 今までにないロングラン熱狂人気を維持し続けている戦国乱世ブーム。けれど、その熱い闘いの系譜で語られたいくつもの事実や知られざる秘話は、残念ながら現代日本では忘却されがちだったりします。


 そこで、そんな乱世と闘争の支配した荒々しくも魅力的だった戦国時代の常識・非常識を歴史痛が適度に吟味。
 某・出来と評判のよろしくない大河ドラマが敢えて眼中にしていない荒ぶる戦国武将たちの檜舞台・戦国乱世 の合戦現場に皆さんをご招待。

 

 不肖赤髭が三十と少しばかりの人生で無駄に獲得した戦国知識を駆使して、平成現代の若い戦国Fanが強い憧れを示す乱世がいったいどんなものなのか、それを楽しく学んで疑似体験して頂くコーナーです。


 自他共に認める膨大なうんちくを社会的常識を代償としている典型的な戦国歴史痛である赤髭がご案内するからには、そこは当然…信ぴょう性に格差はあれど広範囲に渡るトリビア的知識を駆使して、なるべくリアルで時 代考証に沿った内容で戦国乱世の合戦場、その真実をご案内する歴史コラムに仕上げるつもりです。


 しかも、ありがちな『戦国武将として』ではなく、一介の雑兵として…――戦国歴史ゲームやドラマでは教えて貰えない真実の光と誤解の闇も仔細もらさず紹介していく企画『私をイクサに連れてって』。


 全何回の予定になるかは例によって決まっていない戦国歴史を学ぶシリーズ、今回はいよいよ戦場に赴く雑兵が生死を預けるその獲物、多種多様にわたる数々の『武器』についてご紹介いたします。

■それでは、御一緒して頂ける皆さまの御時間を少々拝借。。゜+. m9っ;・`ω・´)っ 。+.゜ Time Stopper !!



【第三話 一番槍・槍働き・横槍、そして一本槍。投げ槍に扱っては駄目。戦国時代の花形武器・槍についての基礎知識】

■先週第二回では、この道四十年というベテラン足軽【七梨の権兵衛】から戦場で備え持つべき様々な種類の戦闘食、兵糧や非常食に関する基礎基本、予備すべき食料や飲料水の心構えについての講義がありました。

 …――今週は 歴戦の老人武者である権兵衛がいよいよ歴年に渡って熟知しているであり、読者の皆様も興味津津であろう『武器』について予備知識を授けられることとなります。


 それでは、今宵も時代を今より約五百五十年前…――太平洋戦争の記憶をすっかり忘れて平和馴れした平成日本の世界から一転、戦国時代にタイムスリップ。

 皆様には『ある貧しい地域の寒村、それを統べている領主の小城の大手門前』に時間跳躍、その身柄を移して頂きます。



 老兵【七梨の権兵衛】と一緒に早苗の緑がまぶしい田園地帯のあぜ道を歩いた貴方。

 戦場を生き抜くためのサバイバル知識や数々の非常食・兵糧について秘話や奥義を伝授されるうち、とうとう目的地である領主武将の館兼小城の大手門前へと到着しました。




 城門前には、貴方と同じように村長から足軽出兵を要請された村人達が輪になって集まり、今回参加する合戦での働きや部隊分け・出兵前の準備に追われる盛況ぶりが眼に映ることでしょう。

 普段は門番二人が長柄槍を構えて立っているだけの静かな大手門前は、まさにこれから戦場へと赴いていく荒々しい戦闘の修羅、歴戦の足軽達の熱気で沸きかえっています。
 


□さぁて、長話をしておるうちに御城へ着いてしまったようじゃの。

 見たところ、出陣は明日未明か今晩遅くといって雰囲気じゃから時間にはまだ余裕もあろうが…――何にせよ、お前さんには『戦場に出掛けられる格好』になっ て貰わねばいかん。

 まずはいくさの装束、足軽具足を身につけねばのう…。ぇえと、荷駄隊の足軽大将殿はどこであろう。

…――おぉ、居た居た。あすこに立っておる髭面の足軽大将に村の名と村長の名前、そして貴殿自身の名前を言って、『御借具足(おかりぐそく)を貸して貰って来るのじゃ。着付け方は儂が教えてやるゆえ、な。



 何じゃと、鎧や武器は『れんたる』…――?。…なんじゃそれは。


 えぇい南蛮言葉を混ぜるでない、話の腰を折る!!。



 
  …――うむ、足軽具足は普通、出兵を促した地元の領主殿や戦国武将の御城から『借りる』ものじゃ。

…これを『具足(おかしぐそく)と言い、わしらは借りて使う側なので特に『具足(おかりぐそく)と呼ぶ。


 …――戦場に立つ者の生命を守る胴丸(どうまる)腹巻(はらまき)二枚胴(にまいどう)といった鎧の数々は、その出来栄えや材料によって価値に差はあれど、総てが鎧職人による手作りの品揃い。


 とてもというほどでもないが、一介の農民風情がおいそれと買える代物ではない。
 
 まぁ、ある程度生活に余裕がある豊かな農民ともなれば自前の具足を持っておるやも知れん。

 土佐の長宗我部家では一領具足などと呼ばれる、武装を自前持ちしている半農半武の野武士達が居るというし、三河の徳川家康殿の部下達もまた同様に、お呼びがかかれば鎧物の具一式をかついではせ参じたというが…

 まぁ、たいていの百姓は喰うや喰わずやの貧乏暮しで、そんなものを揃えてはおらんよ。

 仮に落ち武者狩りや戦場で鎧兜を拾ったとしても、古金買い(ふるがねがい)という専門の商売人に売りさばけば結構な金になるゆえ、大抵の足軽はそうしてしまう。
 
 
 それに…――これはおいおい、お前さんにも話して聞かせるが…戦場と言うのは本当に油断も隙もあったものではない修羅場でな

 腕前と実力の伴わん駆け出し足軽が身分不相応に自前の鎧具足など、持たぬほうが良いの だ。…――それがたとい、御味方の陣幕のうちであってもな。

 わしの様に戦馴れして、戦場の空気や合戦の流れを嗅ぎとれるようにならねば、それこそ戦に出る前に命を落とす羽目になるぞ。



 ■七梨の権兵衛は、そう言って高笑いをしていますが…――確かに、城門前で出兵準備の具足合わせをしている足軽達はその大半が御借具足を借り受け、思い思いの場所でそれを一人で身につけています。

 皆、同じ領主の軍勢の足軽として戦うはずなのですが…――よくよく見てみると、一言に『具足』と言っても多種多様、本当にいろんな種類の具足があるようです。




□ふむ、お前さんは運が良いのう。初陣で『二枚胴』の鎧を御借具足に引き当てたか。

 その鎧は『二枚胴(にまいどう)の言葉通り、胴体の前半分を守る前胴と背中を守る後胴の二枚を蝶番で繋ぎ、自分から見て右側で紐結いに結い合わせるものじゃ。

 さすがに戦国武将の殿様が着るような見事な二枚胴と比べれば 頑丈さに引けも取れば、作りや扱いも粗雑なものじゃがな。

 
 …そればかりか、足軽の御借具足なぞ。…――よほど心得の良い大将でなければ、たいていの場合は『腹当(はらあて)と言って、体の前半分しか守れぬ粗末な鎧であることが多いものだ。

 合戦は陣形を整え敵を正面に迎えるば かりの戦闘とは限らぬ。陣の横腹から思わぬ強襲を食らうこともあれば、背後から奇襲を受けることもあろう。

 腹当一枚で地獄の修羅場を潜らされなどすれば、いかな心得の良い熟練武者であっても運がなければ命を落とすこともあろうて。





□それは練革の陣笠(じんがさ)じゃな。

   練革とは動物の皮を茹でて型枠にはめ、打ち叩いて固めたもので、軽くて丈夫に出来ておる。



  笠の後ろ側にある布は、日除けのためのものじゃ…――邪魔くさいからと言って外してはいかんぞ、お天道様に照らされ続けると、人間存外にくたびれるものじゃ。その布一枚が隔てる隔てないは、戦場で手柄を稼ぐ上では重 要な意味を持つ。

 石つぶてやら弓矢、果ては鉄炮球までもが飛び交う戦場で皮の笠とは心細いやも知れぬが…これとて御家の財政事情に余裕がない大将だと、『紙製の陣笠』を御貸具足に揃えることもあるほどじゃから贅沢は言えん。



 …―――なに、鉄製の陣笠じゃと?…かっかっか、これは豪気。

 わしは四十年ばかり足軽働きで数多の戦場を駆け抜けて来たが、鉄製の陣笠をかぶった同輩などとは出会ったことがない。

  左様に重苦しい笠を被って動き回れるほどに、戦場は甘い稼ぎ場ではないゆえにのう。



 ■よく『戦国時代の足軽は鉄製の陣笠を被っていて…戦場などで鍋がない場合は鉄の陣笠を鍋代わりに使った。』なんていうコラムを戦国漫画や雑誌で読むことがありますが、
 大名家の御貸具足に鉄製の陣笠が普及したのは江戸 時代に入ってからのことだったりします。( ・(,,ェ)・)


 戦国時代では、戦場で米やら味噌汁やらを煮炊きする場合は、それは素直に鉄鍋を持ち合い複数の足軽が一気に兵糧を煮炊きしていました。


 
数千人単位の雑兵足軽が思い思いにかまどを設けて糧食を煮炊きすれば、火にくべるための薪がばかになりませんし、それを戦場で確保するのも難しかったことでしょう。


 つまりは、わざわざ鉄製の陣笠を鍋がわりにして兵糧を煮炊きする必要が無かったわけです。




 どうしても個人単位で兵糧を焚かなければいけないばあいは、濡れた手ぬぐいに米を包んで土中に埋め、その上で焚き火を燃やす。などの手段を使ったようです。


 以前に戦国大名が軍勢を動かすときにどれだけ食糧費が発生するかという御話をしたことがありますが、兵糧を煮炊きするのにつかう焚き木や薪も立派に必要経費です。
  

( ;・`ω・´) っと、話題がそれた。
 閑話休題、カメラとマイクを七梨の権兵衛に戻すとしましょう。



 …――そも、鉄であつらえた兜を頭にかぶるのは大将侍の確たる証。そして『兜首』とはそれすなわち手柄の証、武士にとって出世栄達の切符に他ならぬ。

 そんなものをこれみよがしに頭へ被っておれば、見間違った敵方の足軽がお前さんの首級を狙って四方八方から寄せて来るぞ。戦場で鉄の陣笠や兜を拾ったとしても、よほど命が惜しくなければ被ろうなどとは思わんことだ。

 あのきらびやかで威風堂々とした侍の兜には神々しさや憧れを抱くやもしれんが、あれこそ戦国武士の維持と誇りが備わった死に装束なのじゃ。足軽風情ではせいぜい、この陣笠が相応しいのやも知れんのう。






 他に雑兵足軽が頭を守る防具には、『半首(はつぶり)という額から頬を守る鉄の面や、『額当て』という鉄の板金を縫い付けた鉢巻、鉄板そのものを額にあてて紐で縛った『鉢金(はちがね)、ふだんは小さく折り畳めるが戦 になれば頭全体を覆う『畳額当て』なるものもある。

 いずれも荒くれ揃いの野武士が好んで身につけておるようじゃな。


■大河『江』では、第六話「光秀の天下」で江姫を伊勢上野城で襲った野武士達が半首や鉢金を装備していました。

 結構リアリティに凝った装備をしていたあの野武士達、たぶん歴史考証の小野田先生によるものなんじゃないでしょうか。あのシーンだけ、なんか雰囲気が違いましたし。( ;・`ω・´)




 それは手蓋(てがい)、早く言えば籠手じゃな。

 その手合いのものは『篠籠手(しのごて)と言ってな。


 とかく物を失いがち・盗まれがちになる戦場でもきちんと管理ができるよう、左右の籠手が背中布でつながっておること、様々な働きで手先の器用さが要求される足軽勤めの邪魔にならぬよう手の甲を保護しないように出来ておるのが特徴じゃ。

 
 籠手があるからといって手の守りを疎かにしてはいかんぞ。


 戦場では雑兵足軽がはなつ渾身の一撃の前には、陣笠も具足も籠手も役に立たん場合が多い。

 あまつさえ、その篠籠手は手の甲を守っておらぬ。手の甲には裂けると大量の血を流す太い血管(動脈)があるゆえ余計に気遣いを忘れてはならん。


 心得のある足軽になると、この籠手に筋金(すじがね)を入れて補強をすることもある。腕は手首の裏や脇など、敵に攻撃されると命取りになる場所が少なくないことは覚えておいて損はないぞ。





 心得のある足軽、戦慣れした熟練の雑兵はとかく足回りを重視する。

 普段は村で草鞋もはかず素足で駆け回る貧農であることが多い雑兵足軽じゃが、戦場は命を賭した一撃必殺の稼ぎ場…素足で駆けるのは愚の骨頂じゃ。
 

 股引と脚絆は足を布一枚覆っただけの薄い代物、とうてい具足などとは呼べぬやも知れぬが…――陣笠同様、日よけという意味ではもちろんのこと、敵の攻撃にもそれなりの防御力がある。


 たかが布一枚隔てただけでも、敵に切りつけられたときの傷と出血の度合いに差がある。

 槍で突かれれば仕様もないが、切っ先で切られたり刀で斬りつけられたくらいなら、股引と脚絆があるなしではずいぶん話が違って来る。熟練の足軽であればいざ知らず、素人では服を着た者を斬りさくことは存外に難しいのだ。

 ■今でも、皮・脂肪つきの鶏肉を包丁で斬るのはあんがい難しいですもんね。


 
 すね当ても備えを怠る足軽が多いが、敵方の長槍足軽が足払いを狙って槍を低く振りまわした際などにはその防御力が頼もしいものじゃ。



 向う脛(むこうずね)は、かの弁慶もしたたかに打ちすえれば涙したという話があるように、強い衝撃を受ければたやすく自由を奪われる急所。


 
戦場は油断も隙もない地獄、脛に痛撃を喰ろうて棒立ちなぞしていては、文字通り『弁慶の立ち往生』よろしく矢の的になって命を失うことにもなりかねん。



 
 戦草鞋は、半足(あしなか・はんぞく)という普通の前半分しかない小さな草鞋が戦場では役に立つ。これは戦場では下半身に気を配り、踏ん張る際に足のつま先を踏みしめやすくする働きがある。
 
 なぜ戦場では上半身より下半身に気をつけねばならぬか、じゃと? …――ふむ、よいことに気がついたが、物事には順序というものがある。その段になれば、おいおい話して聞かせよう。



【今回のくえすちょん】
□ さて。この御城に来て、足軽具足についていろいろと心構えや扱い様について言うて聞かせたわけじゃが…――肝心の武器についてはまだ説明がなかったのう。

 こたびが足軽勤めの初陣となるわけじゃが…――おそらくお前さんは長槍足軽として戦場に出向くことになるじゃろう。


 見立ての理由については、また難しい話となるゆえおいおいの機会にするが…見ての通り、わしはこのとおり自前の長槍を準備しておる。

 お互い足軽具足は無事に装着し終えたことじゃし、ここはひとつ…――お前さんの槍の腕前を見せて貰いたいのじゃ。




 いくらお前さんが戦働きのイロハを知らぬ初陣足軽とは言え、槍を扱う雑兵足軽の動きがどういうものかはある程度知っておるじゃろう。

遠慮はいらぬゆえ、ひとつ景気づけにその長槍でわしに打ちかかって来るが良い。

 わしも今から四十年前はお前さんと同じ初陣足軽じゃったわけだが、そのときにも同じように…先輩足軽から槍の扱いと心構えについて試されたことがある。


 …わしはその時に槍の扱いを間違って、こっぴどく叱られたが…――はてさて、お前さんはどうかのう。




槍は突いてあつかうのが一番に決まってる。ここは、初陣で一番槍がとれるように気迫をみなぎらせて、槍の中ごろを強く握りしめて…渾身の力を込めて、権兵衛めがけて鋭く突きだした!!

たぶん権兵衛は、こう言えば槍を突きだして来ると思っているだろう。それじゃあ思惑通りで面白くないから、意表をついて槍を大きく振りかぶって、穂先で思いっきり叩きつけてやろう。


ひょっとしたら権兵衛は何かよからぬことを企んでいるのかも知れない。なるべく距離を置くため、槍の柄の後ろのほうを握って…腰を引けたへっぴり腰に構えて、おどおどと権兵衛の顔色をうかがってみよう。


■さて、あなたの意見はどの項目に当てはまりますか?各項目をよく考えて、権兵衛に答えを聞いてみましょう。






槍は突いてあつかうのが一番に決まってる。ここは、初陣で一番槍がとれるように気迫をみなぎらせて、槍の中ごろを強く握りしめて…渾身の力を込めて、権兵衛めがけて鋭く突きだした!!




 さて、槍の王道的な使い道は『突くことだ』と判断した貴方。

 全身全霊の力を込めて鋭く槍を突き出したところ…――意外なことに権兵衛、余裕綽々といった様子で槍の穂先を横にさけて槍を小脇に挟み込みます。

…――そして次の瞬間、その柄を掴んでぐいっと引っ張って来ました。



 いえ、押し返してきたのではなく…権兵衛は自分のほうへと強く引き寄せたのです。



 渾身の力を込めて前に突きだしていたなら、貴方の体重はかなり前のめりに掛っていたでしょう。


…――勢い余った貴方は前方に向けて転ぶか、転びたくなければ槍を離さなければいけません。


 いずれにせよ、権兵衛は貴方が突き出した槍の穂先に対してなんら不利になる状況を作らず、発想の転換といってよい方法で槍を避けたことになります。




□ふむ、やはりそういう動きに出るか。…――奇遇じゃのう、わしも四十年前に先輩足軽に同じ質問をされたとき、絵巻物語の武士がそうあるように、勇ましく勢い強く、槍を突き出したものじゃ。

 結果、今とまったく同じ方法で槍の穂先を絡め取られて地面に這いつくばったのじゃが。

 …――これは若い雑兵足軽によくあることゆえ気にする必要はないが、覚えておくがよい。


『槍とは、突くものだとおもっちゃあならねえぞ。』?




たぶん権兵衛は、こう言えば槍を突きだして来ると思っているだろう。それじゃあ思惑通りで面白くないから、意表をついて槍を大きく振りかぶって、穂先で思いっきり叩きつけてやろう。



 突くのが常道という槍の扱いの常識を捨て、槍の柄を鈍器代わりに振りかぶった貴方。

 轟音とともに振り下ろされてきた槍に、権兵衛は少し眼を見開いて驚目し、すばやくその槍から身をかわしましたが…――その直後に、笑顔で拍手を返してきました。



見事!…――戦働きに必要なのは、敵の常識や油断を突いて意表をつくその発想と、そしてそれを実行に移す行動力じゃ。

 こたびが初陣の雑兵足軽にはない利発さ、やはりお前さんはわしより筋の良い足軽になれるやもしれん。


 最近の流行りは、やはりなんと言っても『長槍足軽の集団戦法』じゃ。

 この様な槍を戦場で、しかも集団で扱うに当たって気をつけねばならぬのは…周囲の同輩に気をくばり、足並みを揃えて陣形を崩さぬこと。



 そして、足軽長槍が戦場でその力を発揮するのは、今お前さんがした『槍を強く叩きつける』動作にある。

 この動作は、足軽大将の号令に合わせて皆が一斉に行うことに意義があるのじゃ。


 最初はやはり臆病が先に立ち、相手を叩こうとしても踏み込みの距離が足らぬ場合が多い。こつは、敵の頭ではなく背負った旗指物をはたき落とすような狙いで、槍柄を十分にしならせたうえで振り下ろすことだ。


 戦場で足軽長槍隊が接触を始めれば、その合戦は火ぶたを切って落とされる。敵味方入り混じっての乱戦が始まればその限りではないが、合戦の勝ち負けを握っているのは軍勢と陣形を維持している『長槍足軽が踏みとどまれるか、それとも算を乱して逃げ出すか』のそれに掛っていることが多いものだ。


 長槍足軽が槍のはたき合いに根を上げて敗走するのを『平場の槍崩れ』と言ってな。たいていの合戦では、これを起こして長槍足軽が逃げたほうが負ける。


 甲斐の武田信玄殿などは『長槍の柄に木槌を付属し、叩くのに有利な槍』を考案して戦場に導入、足軽長槍の叩きあいに勝利しやすいように気を配ったという話もあるくらいじゃ。


 重ねて言っておくが、集団で扱う長槍は『突くもんだと思ってはならん。一斉に敵めがけて振りおろし、叩き伏せるようにして扱う』ものなのじゃ。



ひょっとしたら権兵衛は何かよからぬことを企んでいるのかも知れない。なるべく距離を置くため、槍の柄の後ろのほうを握って…腰を引けたへっぴり腰に構えて、おどおどと権兵衛の顔色をうかがってみよう。



 積極的な攻撃に打って出なかった貴方。槍のはしを握って腰を引かして構えた格好は臆病そのものに見えたことでしょう。



 しかし、七梨の権兵衛はそんな行動を目にして…少し驚いたように目を見開きました。意外だ、といった表情をしています。




…――何じゃ、お前さんも人が悪い。



 槍の扱い、しかも戦場での個人戦での槍の扱いをしっかりと心得ておるではないか。

この権兵衛も足軽稼ぎを初めて四十年、色々と後輩に指南をしてきたが…よもやこれが初陣の雛ッ子足軽が『仁王腰の構え』で槍をもつとは、予想がつかなんだぞ。


 ん。…――何を驚いておるのじゃ。

 お前さんが今構えている、槍の柄頭を掴んで腰を引けたその構えこそ、敵に己の槍の長さを悟らせぬための極意たる構え、『仁王腰』ではないか。



 そのまま、右手だけを前後に突き、左手は柄に添える程度にゆるく握る。そして、自身の足や腰は体重移動を起こさずに右手だけの動きで敵を突く。

 そのときに右手の手首を捻り回転を加え、左手は添えているだけというのが仁王腰の極意じゃ。



 『槍を突いてはならぬ』という雑兵足軽の槍術の奥義は、敵に槍の穂先が届く範囲、攻撃できる長さを悟られぬようにするためだ。


 考えなしに踏み込んで敵を突けば、それ一撃で終われば良いが…――もし攻撃を避けられた場合、相手にこちらの獲物の『限界』を見せてしまうことになる。



 次に槍を突けば、敵はおまえさんの槍の柄を掴んで引っ張るか、穂先を足で踏みつけて柄を動かせぬように工夫をしてくるだろう。


 さすればお前さんは体を崩して地面に突っ伏すか、さもなくば槍を奪われることにもなるじゃろうて。それが何を意味するかは、言って聞かせるまでもないかのう?



 織田右府殿…信長公の重臣として名高い明智光秀殿の麾下に、安田国継という槍の名人が居る。

 明智三羽烏と呼ばれた戦歴豊かな槍上手殿なのじゃが…昔、その国継どのに槍の扱いの極意を聞いたところ、やはりその『仁王腰の構え』を取ってな。

『槍は、突くな。こうして右手だけを前後に動かし、敵に弱点を知られぬようにせよ』と言って聞かされたものじゃ。

 
 

□ さて、こたびの問題ではお前さんの足軽勤めに関する常識と、それを利用する発想を読むのがねらいじゃったが…第三問の解答は…、次点でといったところかのう。


 
 一番槍、横槍、一本槍、投げ槍…そして槍働き。

 様々な戦場言葉に槍という文字が混じることからもわかるように、とかく最近の戦ではこの『槍』に関する扱いを知らねば、手柄はもちろんのこと…合戦で無事に生き延びること も難しゅうなってきた。


 お前さんも雑兵足軽として武勲をあげたいと欲するならば、この槍の扱いについて鍛錬を怠らぬことじゃな。もっとも、こたびは初陣ゆえにぶっつけ本番になるわけじゃがの。

 


 さて、次回は…槍のほかにも数多くある雑兵足軽の『武器』についての正しい知識と、その扱い方を教えてやろう。

 確かに足軽勤めは槍があれば出来るやもしれんが、世の中には様々な得物を抱えて戦場にやってくる戦国武士がある。

 戦場でそういったものたちに後れをとらんためにも、その種類や攻撃の手段…そして対処の方法を正しく知識に会得するのもまた生き延びるための方策となろう。



■ さて、【戦国歴史をリアルに楽しく疑似体験するシリーズ】、その第三回をお届けいたしましたが…いかがだったでしょうか。

 次回は前準備編の第四話、ベテラン足軽の権兵衛が戦国乱世の合戦を独壇場とした様々な武器についてレクチャーしていきます。

 刀は武士の魂、だなんて言ってられるのは平和になった江戸時代の御話。はたして、当時の戦国乱世の闘いにはどんな武器が振るわれ、活躍したのでしょう?

 有名なものからマイナーなものまで、様々な武器についてご案内して いきます。

 次回の当ブログ更新に御期待ください。( -(,,ェ)-)



 ■ それでは、今回も話が歴史と乖離し過ぎてどの辺にフォロー当てたらいいのかわかんなくなりつつある大河『江』の感想&与太話、その第二十五話『愛の嵐』について徒然とお話していきたいのですが…。

■主人公with三姉妹は置くとして、やはり一番光ったのは岸谷五郎さん演じる豊臣秀吉、その鬼気迫る狂乱ぶりでしょうか。

 齢五十歳、戦国時代ならいつ死による幕引きがあってもおかしくない老年の域に達してもうけたわが子・鶴松を失った悲哀は、千利休や豊臣秀長らを相次いで失った孤高の独裁者が悲嘆に狂うのも仕方ない悪夢でしょうが、

 やはり、あの髷を切ったざんばら髪、どこか憑かれたような目つきで暴れまわる秀吉の横顔は見るものに訴えかける画面映え。もともと、感情にまかせるとおかしな暴れ方をする岸谷秀吉でしたが、今回の演出は天下を取りながらも徐々に下り坂に向かう孤高の太閤・秀吉の寂しい一面を強く印象付ける名シーンになったように思います。

 その、心にぽっかりと穴が空いたような虚ろな秀吉に石田三成が朝鮮出兵を吹き込む流れもまたgoodでした。

 豊臣秀勝(AKIRA)を江の婿に引き合わせるシーンでの、視線にはもうすでに狂気が宿っているかのような、ぞっとする雰囲気をたずさえた初老秀吉でしたが…――さて、来週からはどんな顔になっていくんでしょう。



  さて、そんな秀吉をよそに今回もあばれはっちゃく(古いなオイ)全開な江。

 石坂浩二さん演じる茶聖・千利休がついに退場。やはりここでも、農民の娘に扮するとかいうありえない手段で江姫(上野樹里)が接近しその最後を見取る歴史の証人となりました。


 この手の強引な手法は、江が主人公として歴史の一大事件に関わらなければいけないという雰囲気はわかるとしても、少々強引。そして、そこまで因果を張って感動に持っていってるのに、なぜか涙腺が緩まない画面構成。 

 これには個人差もあるでしょうが、やはり江というキャラクターの非現実的立ち位置が大きく関係しているのは間違いないでしょう。



 あと、直江兼続と思しき愛の前立てをつけた武将が利休屋敷の表に居ましたが、なぜあそこまでわざとらしく登場をさせておいて顔は見せなかったんでしょう?たとえ刺身のツマでもよいので、ここで画面を引き締めるようなワンポイントゲストに坐って貰っても良かったのに。( ;・`ω・´)



 千利休の死・寂しい秀吉の横顔・鶴松を失って狂乱する秀吉、そして唐突に縁組が組まれる江と豊臣秀勝。


 いっぱい歴史のおいしいとこをつめこんで波乱万丈ぶりを強調したのは良いですが、つめこみすぎてどのエピソードも印象が薄くなり、視聴後にどのシーンへ感情移入すればよいのかも判らなかった、というのが素直な感想でした。




■さて、次回予告シーンではいよいよ江がおてんば暴走姫から一転、一児の母となろうとする場面が見られましたが、いったい豊臣家は、そして三姉妹はこれからどうなっていくのか。

 そして、豊臣政権最大の愚行とされる朝鮮出兵。日本のみならず東アジア全体の歴史に大きなうねりをもたらした悲劇は、いったいどんな結末を迎えるのか?

 そしてぶっちゃけ、朝鮮出兵に出陣していった戦国武将はどれだけ登場するのか!!?


( ・(,,ェ)・)oO( 予想、朝鮮出兵はたぶんナレーションだけで終わる。(NHKが深く突っ込むわけもない。)。たぶん豊臣秀勝が出兵するくらいで、戦国武将の登場はきっとだれ一人として居ない。出るとしても細川忠興、宇喜多秀家くらい。 たぶん初出産を迎える江ばかりに時間とシーンが割かれるだろう。 )


 本年大河『江 ~姫たちの戦国~』、第二十六話「母になる時」は日曜夜八時、明日放映予定です。


【戦国歴史をリアルに楽しく疑似体験するシリーズ】私をイクサに連れてって Vol.2【前確認編】 with 大河『江』第二十五回 利休切腹 感想

JUGEMテーマ:コラム

【戦国歴史をリアルに楽しく疑似体験するシリーズ】私をイクサに連れてって Vol.2【前確認編】


■ 日曜の夜、約五十年間に渡って続けられてきた長寿企画番であり、ある意味NHK放送の代名詞とも言える甘美な一時間。過去から現代にかけて延々と紡がれてきた『時代』という名の糸で編み上げられた豪華絢爛な絨毯のように、視聴者を深い感動を与えてくれるそれが大河ドラマ…――と、のっけからいきなりかっこつけて大河ドラマのことを賛美してみましたが…。


 二年振りの戦国時代大河である『江』を視聴していると時折『…―なんで民放の『日曜劇場 -JIN-』の方が歴史物語っぽい上に熱中できるんでしょうか。(*-(,,ェ)-)oO( 禁句・何を今さら。 )


 先日、シリーズ通じての高視聴率を維持したまま感動の最終回を迎えた『-JIN-』ですが…ドラマに先だって最終回を迎えた原作、村上もとか先生の漫画を既に読んでいる方は御存知やも知れませんが、実はテレビドラマ版の最終回は原作とはかなり結末の違う、脚本家による大胆な改変が加えられていました。

 まだ『録画してるけど見ていないんだってば!!(;゚∀゚)』という方もいらっしゃるかと思うので詳細は伏せますが、主人公・南方仁が平成現代の日本に戻って来れたのは良しとして、彼が生きていたことによって歴史がどう変わったかが、漫画版とドラマ版ではかなり大幅に変えられています。

 …タイムトリップもののストーリーでは良くある『タイムパラドックス』を考慮したものになっていたんです。

 一人の人間が二つの時代を行き来した結果、歪んでしまった歴史が『見えない何か』によって矯正されていくという展開。漫画版の最終回もかなり感動的なものでしたが、ドラマ版の方もどうしてなかなか、『原作の物語にFanからすれば納得できないかもしれない』脚色が加えられているにも関わらず、それを感じさせない整合性と圧倒的な感動。
 原作通りとはいかない筋道ながら作り手の熱意が伝わってくる物語の展開には不肖赤髭、テレビの前で目頭が熱くなる想いでした。


 『ここは戦国時代のうんちくと大河ドラマ『江 ~姫たちの戦国~』を語るページだろうに!?』ですって?

 はい、いちいちごもっともな御意見。( ・(,,ェ)・)

 しかし、『日曜劇場 -JIN-』と『江 ~姫たちの戦国~』。放送時間こそ一時間の差があり裏番組対決は避けられた両者ですが、実際のところは似通った部分は大いにあります。

 それはずばり、『既存のストーリーへ大胆な、テレビ向けの脚色が成された歴史物語である』という点。


 まぁ、確かに公共電波放送であるテレビと、最近衰退の一途をたどる紙媒体の漫画では完全再現するには無理な点もあり、そこに脚本家による大幅な進路修正や大胆な脚色が加わるのは仕方ないことだとは赤髭だってよく判ってます。


 しかし…そこまで元の物語を大胆に、そして極端に改変・アレンジするのならば、そこに視聴者がそれを納得できたり感動できたりする長所や、脚本家の腕の見せ所・信念や熱意が伝わらなきゃいけないような気がするんですよ。あと、原作に対する崇敬や尊重もある程度は感じられないといけない。

 早く言えば『ただただ脚本家本人の想うところを視聴者に押し付けちゃいけない。』ということでしょうか。

 舞台や映画と違って基本タダ見が出来るテレビ番組に何を高望み言ってるんだという意見の方もいらっしゃるでしょうが、それこそが元からある物語を築いた人達へ監督・脚本家の示すべきリスペクトではないかなと想うのですよ。


 …――はぃ、赤髭が何を言いたいかが何となく判って下さった方もいらっしゃるでしょうし、言っても詮無いことなので野暮は避けますが…―――民放が漫画の原作に出来たことが、いやしくも国営放送の莫大な予算突っ込んでる一大歴史物語からはあまり感じられないってのはいかがなもんでしょう。( -(,,ェ)-)

 88年大河『武田信玄』や07年大河『風林火山』ではひしひしと感じられたことですから、出来ないってことは無いと思うのですよ。


 まぁ、時代考証の小和田哲男先生が『いくら時代考証しても聞いて貰えない』ってボヤいてたそうですし…――これ以上は言っても仕方なさそうですので筆を置きますが。  

(;・(,,ェ)・)oO( やっぱり、視聴率やお金が絡むとそれこそこっちの言ってることがファンタジーなんでしょうけれど、ねぇ…(まだボヤくか。 )



 さて、赤髭の毎度お馴染みなローテンションのひとりごとは物置に蹴込むことにして…今週も【戦国歴史をリアルに楽しく疑似体験するシリーズ】を御案内。

 今の日本人がきれいさっぱり忘れかけている闘境導夢(最盛期の新日本プロレスかッ)、荒ぶる男達の浪漫・戦国乱世の合戦現場に皆さんをご招待。赤髭が無駄に備えた戦国知識を駆使して、平成現代の若い戦国Fanが強い憧れを示す乱世がいったいどんなものなのか、それを楽しく学んで疑似体験して頂くコーナーです。


 自他共に認めるちょっとひねくれてる偏見の入った戦国歴史痛である赤髭がご案内するからには、そこは当然…無駄にそろえられた真贋嘘ホントがごった煮になった知識を駆使して、なるべくリアルで時代考証に沿った内容で戦国乱世の合戦場、その真実をご案内する歴史コラムに仕上げるつもりです。

 しかも、ありがちな『戦国武将として』ではなく、一介の雑兵として…――戦国歴史ゲームやドラマでは教えて貰えない真実の光と誤解の闇も仔細もらさず紹介していく企画『私をイクサに連れてって』。


 今回はその第二段として、引き続き戦場に赴く前の雑兵としての基礎基本な心構えである食料についてご紹介いたします。

■それでは、御一緒して頂ける皆さまの御時間を少々拝借。。゜+. m9っ;・`ω・´)っ 。+.゜ Time Stopper !!




【第二話 イワシの頭も信心、梅干しも祈れば命を救ってくれる?雑兵足軽のサバイバル知識。】

■先週第一回では、この道四十年というベテラン足軽である【七梨の権兵衛】から戦場に赴くにあたっての基礎基本、雑兵が予備すべき非常食や水などの心構えについての講義がありましたが…――今週は歴戦の老人武者である権兵衛より、城へと向かう道すがらにその予備知識を授けられることとなりました。

 それでは、平和ボケした平成日本の住民から一転、戦国時代にタイムスリップ…――皆様には『ある貧しい地域の寒村、それを統べている領主の小城へと続く畦道』に籍を移して頂きます。



 時は水無月(旧暦六月)。鬱陶しい梅雨の長雨も終り、農民達も農繁期、一年の糧となる米を育てるための田植えを終えたあとで…――城へと続く小道から視線を遠のかせれば、遠望する領主の小城の館影、まばらな村落の茅葺屋根の周囲には瞳ににじむような新緑の早苗が広がっています。


 『梅雨が上がる頃と言えば、本格的に蒸し暑くなる初夏がすぐ間近に迫った季節。何もそんなうっとおしい頃合に合戦なんか起こさなくっても…

 と皆さん考えるかも知れません。


 しかし、いくら武田信玄だろうが上杉謙信だろうが、この5月皐月から6月水無月に掛けて、さらに八月〜九月末の期間は、よほどの理由が無い限り合戦を起こさないものでした。

 それが何故なのかは、少し上で説明した通り『稲の田植えと刈り入れで忙しいから』。


 戦国大名にとって勢力基盤となる兵糧を得るための年貢、その主力である米を農民に栽培して貰うためです。戦国時代の農民は地域や気候によりますが大体が『二毛作』…――初夏から晩秋にかけて稲を育て、初冬から新春にかけて麦を育てるのが一般的でした。


 米は消化が良く栄養価が高いため戦場での武将や足軽達の兵糧・エネルギー源として欠かせないものでしたし、麦は農民や下級武士の命をつなぐための主食としてこれまた欠かせない食料。これらの育成栽培をほっぽり出して合戦などしていては、土地が痩せている国柄では農閑期に餓死者が出かねない有様だったのです。



 特に、戦国時代の日本は『小氷河期』と呼ばれる時期にあたり…ここ最近の平成日本のように暖かくありませんでした。北陸や東北では冬がくれば当たり前のように数メートル級の豪雪となり、この地域に住む農民達は冬の麦を育てることも出来ません。


 越後国を本拠にした上杉謙信、いまでこそ越後国=新潟県はコシヒカリを代表とする米の名産地ですが、戦国時代では冬に餓死者が続出するような食糧事情の不安定なお国柄でした。


 上杉謙信が生涯に合戦を起こした季節を一覧すると、その多くが「晩秋に出陣し、雪が溶けた新春に越後へ戻る」という『年越し出兵』なのですが…


 ――それは戦場に足軽を動員することで越後国の食糧の減少を少しでも抑え、収入源のなくなる足軽雑兵たちに戦場で略奪を許可することにより、その命を食いつながせるという重要な目的があったことは意外と知られていません。



 戦場に出た雑兵は普通、一日の兵糧として玄米か白米を五合…合戦状態になれば一升もの米を受け取ることが出来たとされていますが、おそらくそれが常識化したのは戦国時代も終わりごろ、大河『江』の時代背景になった安土桃山時代だと思われます。



 戦国の覇者・織田信長や太閤豊臣秀吉がこれら農閑期・農繁期に数万人単位の軍勢を動かすことが出来たのも、そういった食料事情の難題が解決できるだけの財力と軍事力を持つことが出来たから。

 武田信玄や長宗我部元親といった地方の小・中規模の大名には、おそらくそれだけの米を足軽たちに配給することは困難だったことでしょう。



■ さて、閑話休題。再び話を貴方と『七梨の権兵衛』が歩く田んぼの畦道へと戻しましょう。

 遠くに陰影を濃くにじませる領主の居城からは、騒がしそうな人々の喚声と鎧具足が擦れる音が聞こえ、兵糧を炊いているのか白煙が幾つも立ち上がるのが見て取れます。


 革製の陣笠に胴丸具足に武者草履に槍を抱えた足軽スタイルで道を行く権兵衛、懐中から幾つかの袋を取り出し、貴方にそれの中身を見せます。


□これが干し飯(ほしいい)といって、一度炊き上げた玄米や白米を天日に干して乾かしたものだ。

 土地柄によっては『米偏に備える』と書いて ほしいい と読むこともあるようじゃが…その文字面に相応しい、足軽雑兵にとって最も手軽な非常食でもある。

 行軍中、戦闘待機中などの際には袋から取り出してそのまま食す。水に浸すと再び炊いた時の柔らかさが戻るので、小腹がすいたときなどには手頃な間食になるだろう。



 …――何。『それなら、そんな炊いたり干したりする手間を省いて、生米にすれば良いんじゃないか?』とな。

 馬鹿を言っちゃいかんッ!! 炊いたり水に浸したりしていない生の玄米や白米は、そのまま食すとひどく臓腑に悪いものだ。やもすれば、それがもとでひどい下痢になることもある。
 合戦で下痢を起こすことがどういうことかは、先ほど(前回)も話したであろうッ。




◆天下分け目の関ヶ原合戦の後、西軍の総帥・石田三成は勝敗の趨勢が決した戦場で犬死にすることをよしとせず、美濃国大垣(現岐阜県)から大坂城を目指して落ち延びたのですが…――その逃避行は、心身ともに憔悴しきった状態で洞窟に隠れていたところをかつての同僚・田中吉政に発見されるという無様な醜態をさらすことで終わりました。

 実はこのとき、石田三成はひどい下痢を起こして脱水状態になり、逃げることも自害することも出来なかったそうなのですが…――その原因が、『空腹に耐えかねて生米をかじってしまったから』。


 豊臣恩顧きってのエリート大名にして五奉行の筆頭格だった三成、どうやら生の米を食ったら下痢を起こすという、雑兵足軽たちには常識であることを知らなかったようです。歴史の悲劇に隠された意外な裏事情。




◆っと、また話が脱線。物語を本筋に戻します。

□これは『芋がら縄』と言ってな。

 里芋の茎を味噌で煮しめて天日干しにし、それで荷縄を編んだものだ。

 普段は荷物を縛る縄として扱うが、荷縄としての用を成さなくなったら、沸かした湯や水にこれを刻んでかき混ぜれば即席の味噌汁として食うことが出来る。芋がらはそのまま味噌汁の具として食えばよい。


 また、心得のある足軽は戦場が近いと感じたなら、普段から食している大根葉や芋の茎を味噌で辛く煮しめ、それを干し固めたものを小袋に入れて携帯している。
 これも、あとで湯をかけて混ぜるだけで味噌汁に使うことが出来るのだ。

 …いんすたんと?何じゃそれは。南蛮言葉か


 まぁよい。…合戦場では大将から配給される五合の玄米・白米が主な栄養源だが、それだけでは戦場を生き抜くことは出来ん。

 味噌や塩を切らさず常食にふまえることで、槍働きに大きな差が出てくるじゃろうし、何より生きて還る確率も変わってこよう。戦場での駆け引きはおいおい伝授してやるゆえ、今はこういった基礎の心がけを胸に刻んでおくがよかろう。



□干し飯や芋がら縄は雑兵足軽の非常食としては基礎基本ではあるが、ほかにもお国柄によってその土地土地にしかない独自の食糧を編み出しておる大名家も少なくない。

 前に一度、上杉謙信殿の陣に馳せ参じたことがあるが、『兵糧丸』(ひょうろうがん)という小さなきな粉を塗した丸薬を貰ったことがある。

 握り飯などよりずっとずっと小さいものだったが、それひとつを食しただけでかなり英気を養うことが出来た。

 作り方を教えてほしいと頼んだが、どうやら越後上杉家でも家中秘伝のものらしく、適当に口を濁されて終わってしもうた。…――惜しいことをしたの。


 また、薩摩島津家では『あくまき』と言って、もち米を薩州桜島の火山灰を溶かした湯、すなわち灰汁(あく)で炊き上げて粽(ちまき)にしたものを非常食として足軽雑兵に与えたと聞く。

 灰汁で煮込んだ餅米は腹持ちも良く精気がつき、優に2・3か月は腐らずに持ったというから、案外に薩摩隼人、鬼島津の勇敢な気質というのはそういった精力のつく秘伝の常備食にあるのかも知れんのう。
 



【今回のくえすちょん】
□ さて。お城へと向かう道すがら、雑兵足軽が備えるべき非常食についてあれこれと論議を重ねたわけじゃが…最後に、ちょいと毛色の変わった種類のものを紹介しておこう。

 …――っと、どこだったかの…あぁ、これじゃこれ。

 


 これは、塩を強くまぶした梅干を天日に乾して水気を抜き、網に包んで小袋に詰めたものだ。

 わしら場数を踏んだ老人武者はたいてい、この梅干にちょいと一手間かけた代物を持っておるんじゃが…――これはどういう按配に使うものか、貴殿に判るかな?



敵に追い詰められたとき、この梅干を敵の目か口にぶつければきっとびっくりするはず。実戦での最後の秘策、敵を驚かせるための手投げ弾に違いない。
 …――梅干だけに、キシュウ(奇襲-紀州)
…わっはっはっは。(´・ω・`)


梅干といえばアルカリ性食品、しかもクエン酸が大量に含まれているから疲労回復・滋養強壮にもなるはず。たぶん、戦場で疲労困ぱい状態になったらこれを湯に溶かして飲めば体力回復の秘薬になるんじゃないか。


梅干を見たり想像したりすると、人間思わず唾液が出てしまうもの。たぶんこれは、息切れしたときや喉が渇いたときに取り出して眺める、気つけ薬の一種なんじゃないか?


■さて、あなたの意見はどの項目に当てはまりますか?各項目をよく考えて、権兵衛に答えを聞いてみましょう。




敵に追い詰められたとき、この梅干を敵の目か口にぶつければきっとびっくりするはず。実戦での最後の秘策、敵を驚かせるための手投げ弾に違いない…――梅干だけに、キシュウ(奇襲-紀州)…わっはっはっは。(´・ω・`)


…――下手な洒落だな、どうも。お前さん…人の話を聞かないとか、空気の読めない性質だと言われた覚えはないかえ。

 合戦が起これば、そうでなくても雑兵足軽は緊張状態になる。開戦前はしきりに尿意を催し、口渇・不安感・イライラ感を禁じ得ぬ。…――無理もなかろう、命を賭した…これが最後になるやもしれぬ戦場に赴くのだからな。

 つまるところ、そんな子供騙しの下策に引っかかるような心構えの兵など戦場の最前線に居りはせんということだ。

 
それに、今回わしがお前さんに話した内容は、雑兵足軽が心得るべき非常食についてのことだったはず。その筋道を読めば、これが戦場での食糧事情、生き延びるための策であることは簡単に判断がつくはずじゃ。

 …――戦場では、空気の読めぬ奴輩から犬死していく。
 
今は開戦前、まだ御味方の所領内じゃから奇襲闇討ちは起ころうはずもないが…もう少し気合を入れた方がよいのではないかえ?


 …ま、初陣でそれだけの度胸があれば上出来、大胆不敵と褒めてやらねばなるまいがな。




【 梅干といえばアルカリ性食品、しかもクエン酸が大量に含まれているから疲労回復・滋養強壮にもなるはず。たぶん、戦場で疲労困ぱい状態になったらこれを湯に溶かして飲めば体力回復の秘薬になるんじゃないか。】


 ふむ、悪くない読みじゃが…塩をきつめにまぶした梅干であるということを念頭に置けば、これが食用ではないことが察することも出来たのではないかえ。

 
貴殿の生まれは何処だか知らぬが、田舎仕込の梅干はそれこそ何十年も持つように相当きつい塩漬けである場合が多い。

 そんな濃味揃いの梅干を湯に溶かして飲もうものなら、塩っからくて喉が渇くは間違いないではないか。戦場で雑兵足軽に配給される水は一人につき一升じゃが、そんなつまらんことでがぶ飲み出来るほど水は粗末に出来ぬこと…これは先ほど話したばかりであろ。

 確かに、昔から梅干は疲労に効果がある薬味であると口づてに伝承されてはいるが、これは別の用途に使うものだ。




梅干を見たり想像したりすると、人間思わず唾液が出てしまうもの。たぶんこれは、息切れしたときや喉が渇いたときに取り出して眺める、気つけ薬の一種なんじゃないか?


 見事! 初陣にしてその慧眼、お前さんは腕の良い足軽になれるぞ。

 『三国志演義』でも、曹操が口の渇きに苛まれる配下の軍勢に対し『もう少し行けばの林があるぞ!!』と巧みに鼓舞した話があるが、人間とはいかに賢く悟ったようでも、根は単純なものじゃ。

 梅干を見れば意思に拘わりなく口中に唾が沸き、それを飲めば少なからずも喉の渇きを癒すことが出来る。この梅干…人呼んで『梅干水渇丸(うめぼしすいかつがん)は、まさしくそのようにして扱うものなのじゃ。


 先の選択での説明と重なるが、間違ってもこの梅干を食ってはいかん。

 それをやればかえって喉が渇き、温存しておいた水に手をつける間違いのもととなる。あくまで気付け薬として眺めるにとどまり、命ひとつが無事なうちはこれをつっぱめ、つっぱめして食わないものだ。

 非常に子供だましな愚策に見えるかも知れぬが、百聞は一見にしかずという言葉がある。わしの言葉を疑うのならば、今すぐ家に帰って梅干をひとつ手に取り眺めてみるか、それを食らうおのれを想像して見るがいい。

 …―よほどの天邪鬼でなければ、それで口中は唾液で潤うはずじゃて。

 
 

少し深読みを要する問題じゃったが、第二問の解答は…今度こそすっきりすっぱり、『』じゃ。
 無粋で粗忽な乱暴者の独壇場とおもっとった雑兵足軽も、割かし頭を使った生き残り戦術をしておると理解できたであろう。

 

 次回は、いよいよ開戦に向けての最重要事項…武器と防具の正しい扱い方を教えてやろう。

 なに、そんな物騒なものは持っておらんじゃと?…―――っかかか、それは至極当然。一回の駆け出し足軽が自前の鎧具足を持つなど、戦場を甘くみておる証拠じゃ。それらがどこで貸して貰えて、どのように扱うべきなのか…――それをとっくりと教えて進ぜよう。



■ さて、【戦国歴史をリアルに楽しく疑似体験するシリーズ】、その第二回をお届けいたしましたが…いかがだったでしょうか。

 次回は前準備編の第三部、ベテラン足軽の権兵衛がいよいよ武器・防具についてレクチャーしていきます。

 彼が今も足軽装束の一部として肩に引っさげている長槍。一本やり、一番槍、投げ槍と今も様々な慣用句にその名残を残す『』という武器ですが、戦国時代に華々しい活躍をしたこの武器…雑兵足軽たちは実に変わった扱いで敵との戦闘に用いていたのです。



はたして、われわれが常識だと思い込んでいる戦場での武器の扱い、その実態やいかに?次回の当ブログ更新に御期待ください。( -(,,ェ)-)



 ■ それでは、今回もいよいよ当ブログでの扱いが刺身のツマ以下になりつつある大河『江』の感想&与太話、その第二十四話『利休切腹』について徒然とお話していきたいのですが…。


 今回は豊臣政権の基盤が崩壊していく歴史をわりかし堅実に追いかけていく結果となり、久々に重厚な戦国歴史大河が描かれることとなりました。

 ファンタジー・脳天気部門担当の江姫(上野樹里)たちは物語の脇に回るような感じで、主人公らしからぬ扱いだったのですが…何と言ったらいいんでしょう。そのおかげで、画が締まり暗いお話の筋道が強調されていました。

 そのおかげで、徐々に暗い影のさしていく豊臣家の混沌とした様子、最盛期の輝きを失い迷走していく天下人・豊臣秀吉(岸谷五朗)の複雑な心模様と、天下一の茶頭・千利休(石坂浩二)がそれを見抜き心離れていく様子を丁寧に描写しています。

 これまでは秀吉&江姫という二大重要人物の狂言回しみたいな扱いだった黒田官兵衛(柴俊夫)の策士ぶりや、ここ数週で突然変異した石田三成(萩原聖人)の底意地が悪い怜悧な官僚面が視聴者に深い印象を与えます。


 かつて秀吉は、大坂城へ拝謁にはせ参じた豊後国(現大分県南部)の戦国大名・大友宗麟に対し『わが豊臣政権で判らないことがあれば、外のことは秀長に、内のことは千利休に聞いて下され。』と教え聞かせたという話があるとおり、豊臣秀長と千利休はそれまで秀吉にとって最高のブレーン。


 そんな二枚看板が一挙に落っこちたのが今回のお話。利休の切腹に先立つことわずか二か月前、大河『江』では影の薄い存在であった秀長の五十一歳という早すぎる逝去は豊臣政権の屋台骨を大きくぐらつかせる原因ともなりました。


 実は秀吉、『人誑し(ひとたらし)などというあだ名を頂戴するほど人心の機微を読むことに優れた謀略家であった半面…同僚同輩との人間関係はとても苦手としていました。才気煥発で器量の大きい人は得てして自信が強すぎるあまり、才能の無い同輩を下に見て気遣いを怠ったり心の動きを読まない向きがありますが、秀吉もそういう性格だったようです。

 そんな秀吉の大活躍の裏、織田家中の嫉妬が集まる中で羽柴家が他の織田家同輩と仲良く付き合うために気を配ったのが秀長でした。


 いわば、秀長は『豊臣秀吉』という一世一代の英傑が戦国時代の出世道を駆け上がっていく上で外すことが出来ないもの。

 内では様々な不平不満も集まろう家臣団の心を支え、外からの干渉や問題ごとには兄にない交渉術やその優しい人柄で対応していく。まさしく秀長は大所帯になって色々と人間関係や勢力争いが難しくなってきた豊臣政権の"潤滑油"、車で言えばサスペンションとショック、そしてスタビライザーを一人でこなしていたのです。


  その豊臣政権を支えていた縁の下の力持ちがへし折れ、そしてもう一つの支えであった千利休が一人での吸収衝撃に耐えられず、秀吉との仲たがいの末にへし折られてしまった。秀吉も天下人という沽券があるせいで素直に千利休の補佐を欲することが出来ない。

 千利休は利休で、今まではその器や人格に惚れ込み、敬慕すら感じていた秀吉が天下統一を果たし、古今無双の実力者になるにつれてはなつようになった"権力のなまぐさいにおい、英雄ではなく一個の俗物としての秀吉"に耐えられなくなった。

 秀長が居ればどうにかなったかも知れませんが、その頼みの綱、衝撃を吸収し続けてきた豊臣家の片輪…その支柱と撥條(バネ)は壊れて崩れ落ちたあと。

 石田三成ら新世代の官僚派閥と千利休に生まれたあつれきも、利休の心が秀吉から離れていく要因となったのは間違いありません。
 石坂さんの深い表情や、『今の秀吉は嫌い』と呟く様の寂しさ具合も最高に絵を引き締めた名場面。あぁ、これでまた一人、見どころのあるキャスティングが見納めになってしまったorz

 相模北条家を滅ぼし天下統一を完成したというのに、暗雲と凶兆の予感ばかりが目立った回でしたが…久方ぶりに歴史大河らしい、重厚で奥の深い歴史事件を背景にした完成度の高い回だったように思います。


 さて。最後に…これを言ってしまうと元も子もないような気がしますが…―――主人公であるはずのじゃじゃ馬娘と愉快な仲間たちが物語のわきにそれると、途端に物語に魅力が出てくるように感じるのは…―――ぇ。やっぱり気のせいじゃないですよねぇ…( =(,,ェ)=)
 
 本年大河『江 ~姫たちの戦国~』第二十五話「愛の嵐」は日曜夜八時、明日放映予定です。

大河『江』第十八回 恋しくて 感想

【勝手に大河『江』紀行 〜大阪城 vol.1 】
■さて、今まではこの冒頭ではとりとめのつかない言葉を並べていましたが…今週からは、大河『江』にまつわる戦国歴史を巡る小さな紀行を御紹介する『勝手に大河『江』紀行』を連載していきます。

 昨今では、大河ドラマ放送後の『〜紀行』で紹介された史跡などには観光客がたくさん訪れると聞きますが、赤髭も結構そういう場所にはふらりと旅に出ていますので…その写真の方が、視聴率だの内野聖陽さんの離婚がどうだのより、お楽しみいただけるのではないかと思い。(*-(,,ェ)-)


□記念すべき第一回は、十八話現在で三姉妹が暮らしている天下一の巨城、豊臣秀吉の権威の象徴だった大坂城をご案内します。


□大阪城の本丸。

 なお、いきなり余談ですが…お気づきの戦国Fanの方も多いかとは思いますが、当時は『大阪城』ではなく『大坂城』でした。読みも【おおさかじょう】ではなく実は【おおかじょう】だったりします。


□なぜ土偏の坂から、こざと偏の阪になったのかは諸説あるみたいですが、赤髭がいちばん面白いと思ったのは…

『"天下の台所"として西日本の経済を左右した大坂の街で栄華を極めた大商人達が「"坂"では【土に反る】、つちにかえる。で縁起が悪い!!」と験担ぎを主張し、今の"阪"に改名した」

という説。

 大阪人気質がいかにも突っ込みそうな難癖で面白い。( ・(,,ェ)・)



□各種メディアに取り上げられ、おそらくは日本でも一・二を争う知名度を誇るであろう大坂城。

 豊臣秀勝(AKIRA)が『派手派手しい厭な城な城だと思ってましたが…』と名残を惜しんでいましたが、残念ながら今の大坂城は秀吉が築城した当初のものとは大きく異なります。



□大坂夏の陣での陥落後、徳川幕府によって大坂城は再建されますが…豊臣時代の栄華の象徴であるこの大坂城、当然ながらその規模や煌びやかさを無駄に豪華にすることはありませんでした。



 日本最大級だった城郭面積も大幅に縮小され、一部は街の区画に。本丸天守閣もかつてのものとは比較にならないほどつつましやかに再建されたといいます。



□現在の大坂城はこの通り、本丸も小さくコンクリート製の近代建設。徳川時代のものは太平洋戦争末期の空襲に被災して消失してしまいました。
 八階建ての城内にはエレベーターもしっかり設備されていて、文化史跡というより観光ミュージアムとなっています。



□戦国当時の面影を残すのは、秀吉が全国の大名に銘じて集めさせたこの石垣だけ。



 近江国は穴太衆(あのうしゅう)という、石垣積みのプロフェッショナルが腕を振るった石垣積みはまるで機械で図ったかのように緻密で正確無比。


□電動工具やエアツール、重機など当然なかった時代。人力だけでここまで巨大な石をきれいに切り出して石垣に積み上げるには、どれだけ緻密な計算が必要だったことでしょう。



頂上・天守閣からの眺め。秀吉時代の天守閣は今の天守閣よりやや北東にあったそうですが、おそらく彼が眺めたであろう大坂の街とは概ね、同じ情景角度のはず。




□豊臣秀吉時代は金箔の押し瓦が太陽をあびてきんぴかに輝いていたであろう、難攻不落の大坂城は、今も大坂の街の象徴としてその威容を人々の瞳に映しています。






 ■ さて、それでは今回も毎度一週間遅れで大河『江』の第十八話『恋しくて』、感想と歴史痛的補説の開始です。 

 前回の江姫様(上野樹里)は、颯爽と登場した若き貴公子・羽柴小吉秀勝(AKIRA)にぷちっと惚れかけつつも元気いっぱい。

 秀吉の身勝手で傲慢極まりない策略・外交カードで犠牲になっていく羽柴家の親族達を憂いながらも、姉の心が憎き秀吉に傾きつつあるのが心配でならない御様子。

 豊臣秀次や秀勝といった時代を担う若きエースが活躍した四国征伐もほぼ終了間際、長かった戦国乱世もあと少しで天下泰平の雰囲気。

 けれど秀吉の出世栄達もまた、最後の『あがり』間際。はたして、江は姉を猿面冠者の魔手から守ることが出来るのか。

 そして臣従を誓いはしたものの心では屈伏していない徳川家康の胸中に去来する思いとは?今週も、戦国時代の男の戦を蚊帳の外に、大坂城内で繰り広げられる女たちの戦国物語が幕を開けます…。


■豊臣秀吉(岸谷五朗)with豊臣家の人達&江(上野樹里)

 今回は茶々と秀吉の急接近で、物語の筋書きもかなり女性視点が必要とされる展開でしたが…――そんな中でも光ったのは豊臣秀吉のどこか遠くを見つめるような侘しい表情、そうかと思えば久々に引っ掻き傷をこさえて痛そうな顔とめまぐるしく変わる好演、そして豊臣秀勝の男前っぷりでしょうか(苦笑)






 やや台詞に抑揚がない気もしますが、AKIRAさんの戦国武将振りは涼やかで良いです。
 
夭折の貴公子であった豊臣秀勝だけに、ある意味スポット参加に近いのが残念なところ。赤髭的には大谷吉継あたりをキャスティングして、是非彼と石田三成の関ヶ原合戦をやって欲しかった。

( ・(,,ェ)・)oO( まぁ、今回の九州征伐終了で島津義久・義弘が顔どころか名前すら出なかったのを考えると、本当に関ヶ原合戦がナレーションだけで終るんじゃないかと不安でしかたないんですが(苦笑。 )


 茶々と秀吉、江と秀勝…――二人に心模様は関係なしに思慕相手が居るのに対し、相変わらず天然娘担当だった初(水川あさみ)にも遂にお相手様が登場しましたが…―京極高次(斉藤工)がなかなか良い味を出しています。






『嫌いなものは菓子』と言った瞬間の初の『え。』という顔もなんとも言えませんが(苦笑

 ( -(,,ェ)-)oO( しかし、秀吉が豊臣姓を名乗るまでの経緯はなかなか緻密に説明されていたように思います。歴史忠実トレースなんて面白くもなんとも無い、とは脚本家さんの考えだそうですが…なかなか味のあるところを突いてきてますし。 )


 ところで…―――加藤清正とか福島正則とか、真田幸村とかそのあたりの顔出しはまだなんですかい…戦国大河(泣。



【大河『江』歴史物語 〜物語に隠された裏事情〜】
■戦国武将は『氏素性』まで出世欲旺盛。荒唐無稽な秀吉の家系図簒奪の裏事情

 さて、冒頭で『実は秀吉の母親は"萩中納言"と呼ばれた貴族の娘で、天皇の女房だったんだよ!!』と無理にもほどがある家系捏造を胸張って言ってのけた秀吉と石田三成(萩原聖人)でしたが…――実はあれ、当時の秀吉が本気でそう言っていたことです。

 さらに言えば、恐れ多いことに『時の帝が秀吉の母・なかを寵愛し、お手をつけて』生まれてきたのが秀吉だとまで吹聴していました。…――平たく言えば『秀吉は天皇の御落胤、非公式ながら皇族』とまで喧伝していたのです。

(;・(,,ェ)・)oO( 嘘にもほどがある。当時の秀吉は自分が農民出身であることを売りにすらしていたのに。)


 …――しかし、この手の系図操作は何も秀吉の専売特許、彼だけの得意技ではありません。…というか、日本全土の素性がわからない戦国武将がほぼ全員やっていたことです。

 劇中の冒頭で石田三成が『源氏』『平氏』『藤原氏』『橘氏』と四つの姓を挙げましたが、あの四家を合わせて『源平藤橘(げんぺいとうきつ)と呼びます。

 源氏も平氏も橘氏も、歴史をさかのぼれば天皇に辿り着く賜姓皇族(ようせいこうぞく。姓を授かって臣籍に降った元皇族。天皇の一族には姓も苗字もありません。)。

 
藤原家は言わずと知れた藤原道長の末裔にして人臣初の摂政となった藤原良房の子孫、そして『大化の改新』で中大兄皇子(後の天智天皇)を補佐して蘇我氏討滅に活躍した中臣鎌足(なかとみのかまたり)を始祖にもつ名門中の名門です。


…――おっかしな話ですが、実は当時の戦国大名家の"ほぼ全部"がこの四つのうち源氏・平氏・藤原氏の末裔だと称していました。(橘氏は橘奈良麻呂(たちばなならまろ)という朝廷への反逆者を出してしまって早々に没落したため、戦国時代でも敬遠されていたようです。)



 実力と野望のある者だけが成り上がっていく戦国乱世、そんな貴種ばっかが出世するわけがありません。


 なのになぜそんな現象が起きたか。


 それは、戦国武将の誰もが『俺は実力も血筋も一流の戦国大名なんだ!!』と胸を張りたい、自己顕示欲と出世欲にあふれていたからです。ようするに『無断で名門の家名を名乗って、嘘を塗り固めて真実にしようとした』んですね。

 赤髭が二言目には徳川家康を『にわか源氏』と言うのは、徳川家が家康の代で急に『新田義重流の源氏』を名乗り始めたからです。

 もともと松平家は三河の小豪族に過ぎず、しかもその松平家にひょっこり顔を出したどこの馬の骨かもわからない旅の生臭坊主が入り婿したおかげで、ますます家系が怪しいものになっていました。

 なお、新田義重(にったよししげ)とは源平合戦の頃に上野国(現群馬県)にあった源氏の豪族ですが、源頼朝の反平家挙兵にすぐ参加せず、源氏と平家どっちが勝つかを日和見したために頼朝から疎まれ、歴史のなかに埋没した家系。

 のちに後醍醐天皇を奉じて鎌倉幕府を滅ぼし、足利尊氏の好敵手として南北朝時代の闘争を彩った名将・新田(にったよしさだ)が登場し再び歴史の表舞台に現れますが、その義貞が討死するとまた歴史から忘れ去られていました。


 なぜこんな家系の末裔を称したのか。そこが、家康の実にあざといところです。


 源頼朝の子孫を戦国末期に今さら自称したって、日本全土には"先輩"といえる上位の頼朝流源氏家が数多くありますから、徳川家がそういった御家の下風につくのは仕方ないことですが、源頼朝の直系子孫でなければそんな遠慮はいりません。

 家康は新田義重流の源氏を名乗ることで、そういう気兼ねをする必要がない源氏の総領を目指したのです。



□戦国の者・織田信長も案外と節操がありません。

 織田家は越前国(現福井県)の織田剣神社(おだつるぎじんじゃ)の神主を務めた家系で、忌部氏(いんべし)という…どちらかといえばマイナーな氏族の出身でしたが、織田家の家督を継いだ信長は書状などの署名に『藤原信長』と書きはじめます。

 これ、『え、うちは由緒正しい藤原家の末裔だよ?』と言っているんですね。( -(,,ェ)-)



 それがしばらく後になると、今度は『信長』と署名し始めます。


 これは『源平交替思想(げんぺいこうたいしそう)という当時の武将たちに信じられていたジンクスが原因で

『これまでの歴史では武家の政権は【平清盛(平家)→源頼朝(源氏)→執権北条家(平家)→足利尊氏(源氏)】と、源平が交替して政権を執ってきた。

だから、次の武家政権は順番から考えて平家だ。』

という思想によるものです。

 こんな迷信も同然の思想を気にかけたりするあたり、革新的思想とおもわれがちな信長もずいぶん印象が違ってきますよね。

 ( ・(,,ェ)・)oO( もちろん、『こういう迷信を信じる輩を味方に引き込むための信長の策略』とも取れますが。 )



 なお、余談になりますが…伊達政宗はちょっと怪しい藤原家で、真田幸村はかなり怪しい源氏。

 武田信玄と今川義元は血統書付きの由緒正しい源氏上杉謙信は『長尾景虎』時代はちょっと怪しい平家、『上杉謙信』になってからは遠い遠い藤原家。

 毛利元就は源頼朝に仕えた大江広元(おおえのひろもと)の子孫・大江氏、江姫の実家・浅井長政はかなり苦しい源氏の御家。今回名前だけが登場した島津家は超がつくほど怪しい源氏(源頼朝流)です。

 変り種としては、平安時代のジャニーズ系こと六歌仙・在原業平(ありわらのなりひら)の由緒正しい末裔を称する長野業正(ながのなりまさ。大河『風林火山』で登場)や、秦の始皇帝(!?)の末裔を称する長宗我部元親があります。

( ・(,,ェ)・)oO( 秦の始皇帝はさすがにねぇだろ…。正確には秦の始皇帝の子孫・秦氏(はたし)ですが。 )


■細川ガラシャ【たま】(ミムラ)


 たま。という、何だか呼んだら猫が寄ってきそうな(言ったな?)名前からやっと聞き馴れた洗礼名『ガラシャ』となりました。

 今は亡き明智光秀の娘という複雑な事情を抱えながらも凛として戦国を生き抜いた彼女もまた、三姉妹に負けず劣らずの波瀾万丈。


 織田信長の媒酌で細川忠興と結ばれたまでは良かったですが、その仲人を実父が討つという悲劇。愛する夫に最近まで監禁されていた彼女ですが、艱難苦境の生涯はキリストの教えに強く感化されたようです。



 しかし、綺麗な人ですねミムラさん。すぅっと線の通った顔に澄んだ声、落ち着いた雰囲気が実に薄幸のお姫様で良いです。

( =(,,ェ)=)oO( 発酵してる姫様はたくさん居るので、よけいに光る(暴言)。 )

 大河『江』の女性俳優のキャスティング陣はどこかσ(゜、。 )?なものが多かったのですが、ミムラさんの細川ガラシャはイメージぴったり。


 道化師役は三姉妹の真ん中と末に任せて、ガラシャこそは戦国時代のリアルな悲哀を一身に表現していって欲しいものです。



【大河『江』歴史物語 〜物語に隠された裏事情〜】
■イエス=キリストの教えは侵略者の尖兵!? 伴天連追放令の真実。
 さて、九州征伐の最中に突如としてキリシタンのパードレ(宣教師)追放命令を発した豊臣秀吉でしたが…――


 劇中では『織田信長が一向一揆衆ら宗教勢力の軍事活動に手を焼かされたから』という理由で説明されていた原因、実はほかにもかなり切実で深刻な理由がありました。( ・(,,ェ)・)


 秀吉が九州征伐の際に各地で目にしたのは、キリスト教の教えと南蛮貿易の利権をちらつかせ北九州を席巻していたイスパニア人(現スペイン王国)達の横暴だったのです。

 1543年うわ恥ずかしい間違い(゚∀゚)1549年(天文十八年)にキリスト教が日本へ伝来したことは歴史の教科書でもお馴染みの事実ですが、フランシスコ=ザビエルが最初に布教活動を始めた土地こそ、この九州地方


 それから既に半世紀近い年月が経っていた九州では、庶民は勿論のこと…俗に『キリシタン大名』と呼ばれるキリスト教徒の戦国大名が数多く存在していました。

 京都や奈良といった上方では東大寺や興福寺、石山本願寺や比叡山延暦寺などの仏教勢力の基盤が強過ぎてあまり活動が出来なかった宣教師達でしたが、九州ではそういった旧来の仏教勢力が弱かったのです。



 大河『江』ではアバンタイトルで名前が出ただけで空気に等しい扱いでしたが、豊後国(現大分県南部)大友宗麟(おおともそうりん)がそのキリシタン大名の代表格です。

 他にも肥前国(現長崎県)有馬晴信(ありまはるのぶ)、秀吉の家臣でも高山右近を筆頭に黒田官兵衛蒲生氏郷小西行長(こにしゆきなが)らが既に宣教師により洗礼を受けていました。


 中でも高山右近と小西行長の敬虔なクリスチャン振りは評判で、大友宗麟にいたっては『九州をキリスト教徒の楽園にする!!』と本気で考えていたほど。









 宗麟はキリスト教を毛嫌いする正室を離縁、嫌がる家臣や息子達まで入洗させたほか、領内の仏教寺院を破壊するほどの傾倒ぶり

 今でも宮崎県には無鹿(むしか)という地名が残っていますが、これはキリスト教とイスパニア文化にかぶれた宗麟がスペイン語で『音楽』を意味する言葉をそのまま音訳して名づけたからだとか。



 また、キリスト教徒になることはそのまま『イスパニア人との南蛮貿易が出来る切符ともなったため、それほどキリスト教に興味が無かった戦国武将も入信していました

 この貿易売買で得られる莫大な利益に釣られた大名も多く、それが狙いだった大名にはキリスト教の教会や宣教師たち、そしてイスパニア人の気を惹くために『領土の一部を差し出す』者まで現れます。



 …――秀吉が九州で目にしたのは、間違いなく日本国の土地であるのにイスパニア人やキリスト教の宣教師が我が物顔で闊歩し、仏教徒や仏教寺院を迫害しているという異様な光景だったのです。



 総勢二十五万というかつてない大軍団を率いてやってきた秀吉を、九州のキリスト教宣教師やイスパニア人は歓待しましたが…


 …――秀吉の大軍団に危機感を覚えた彼らは、何を思ったか『軍艦の上』に秀吉を案内したのです。



 当時の彼らが操る軍艦は『ガレオン戦艦』と言い、ヘタをすると船の全長が250m以上、数百人の武装水夫が乗り込めるという文字通りの超弩級。

 おまけに当時の日本には数基しかなかった大口径のカノン砲を多数搭載し、巨大な帆とガレーを駆使することで自由に大海原を疾駆する水上巨大要塞そのものでした。



 特にイスパニアの海軍は『艦隊(アルマダ)と呼ばれ、当時世界無敵の海軍でした(今でもサッカーワールドカップのスペイン代表のニックネームが『無敵艦隊』(アルマダ)なのはその名残です)


 その艦上での歓待は、秀吉の勢力を『井の中の蛙、っていうか檻の中の猿なクセに調子こくな』という無言の威嚇が含まれたものです。


 今でこそスペイン王国は日本とどっこい程度の広さしかありませんが、当時の領土はざっと数え上げても『現代のスペイン・ポルトガル・フランス南部およびイタリアの大部分・オランダ・ドイツの一部・南北アメリカのカリブ海沿岸・アフリカ沿岸・インド沿岸・東南アジアの香料諸島全域・マレーシア・インドネシア・フィリピン。』


 …――何、文字ばっかりでわかりにくい?( ・(,,ェ)・)

 ぶっちゃければ、それは=『世界最大の国』ということ。




 イスパニア王国は『太陽の沈まない帝国』と綽名され、聡明な絶対君主・フェリペ二世が率いる世界最強の軍事国家だったのです。

 そして、彼らが異郷の地を征服する際に『まずその土地にキリスト教を流行らせ、キリシタンになった現地民と現地政権をぶつけて基盤を体化させ、そのあと本国からの遠征軍で滅ぼしてしまう。』という戦略。


 …まずいことに、秀吉はそれを知っていたのです。…――イスパニア人達の歓待や威嚇は、まったくの逆効果になってしまいました。


 そして、そんな秀吉の危機感にとどめを刺したのが…彼らの軍艦の船底に転がされていた輸出品。…――『鎖で繋がれた日本人奴でした。



 当時は長く続いた戦国乱世、人身売買がそう珍しくなかったのは前に大河『風林火山』でもお話しましたが、それはあくまで本邦内のこと。

 誇り高き日の出ずる国の民・日本人が奴隷として海外に売り捌かれているという真実は、『天下人まであと一歩〜♪』と浮かれている秀吉であっても、冷や汗を隠しえない衝撃的な事実でした。


 秀吉がイスパニア人達に『あの奴隷達はどういうことだ!!?』と凄い剣幕で詰め寄ります。

 秀吉の家臣でキリシタン大名だった高山右近
が『マズイ。』と顔面蒼白になる前で、キリスト教宣教師やイスパニア人達は危機感もなしにこう言ってのけたそうです。


『何って、奴隷だよ。…――お前ら日本人が売るのがいんだろ?』'`,、('∀`)'`,、



 その瞬間、秀吉の頭のなかで何かがぶちれる音がしたのは言うまでもありません。


 大坂城の中で、後の平和大国・日本の基礎を築いた秀吉達の苦悩も知らない女性陣は、そんなことを露知らず。『パードレ(宣教師)が追放されちゃう!!どうしよう、キリシタンになれないーーッ!!?』と泡を食っていたわけです。( -(,,ェ)-)


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■ さて、今回もリベラルを装った歴史痛視点(蹴)での感想でしたが…いかがだったでしょうか。



 さて次回予告では三姉妹それぞれに、形は違えど恋愛関係の伏線が出そろいます。今回は江のナイスセーブで救われた格好になった茶々(宮沢りえ)でしたが、妹・初の縁談を取りまとめた報酬を、何やら秀吉が悪い顔をして遠まわしに要求するシーンが気にかかります。
 



 (;=(,,ェ)=)。oO( 予想、ファンタジー成分70%、歴史史実30%。たぶん秀吉が初と京極高次を引き合わせる条件として暗に茶々の側室入りを要求、けどこの交換条件が初に露見して、一度は高次に面と向かった罵詈雑言を吐くも、結局はあきらめきれなくて…とか、そんな展開になるのでは。

 え、戦国時代らしい武将や荒々しい合戦のエッセンス?九州征伐がナレーションだけで終わった以上、期待値は1%もありゃしません。たぶん『女のいくさは生きること』を地で行く展開。さあ来週はどんな歴史うんちくトークをひねりだそうか(汗。)


本年大河『江』第十九話「初の縁談」は日曜夜八時、明日放映予定です。


大河『江』第十七回 家康の花嫁 感想

第十七回の視聴率は20.7%でした。ここ数回は内容もそれなりに良かったにも関わらず視聴率はまた10%台半ば、前回は15%という数値でしたが…EXILEのAKIRAさん登場を受けてのことか、久々に20%台を回復しました。

先週の視聴率
http://www.videor.co.jp/data/ratedata/top10.htm

 お姫様至上主義の歴史考証ムニャムニャでファンタジーという戦国歴史Fanには早すぎる、
  毎回見どころの楽しい脚色をしてくれる脚本家の田渕さんは『豊臣秀勝はAKIRAさんが配役されることを見越して脚本を書いた。イメージ通りの演技振り』と絶賛していただけに『これで視聴率あがらなかったらいったいどんな顔するんだろう』とか意地悪く考えてましたが…この数字であれば、あんまり認めたくはないですが制作陣の目論見は成功裏、と言わざるを得ません。( ・(,,ェ)-)


 ■ さて、それでは気をとりなおして…今回も一週間遅れで前回の物語を本放送前夜におさらいする意味も含めて…大河『江』の第十七話『家康の花嫁』、感想と歴史痛的補説の開始です。

 前回では『もうどーにでもなれよこの猿面冠者。』と言わんばかりに適当なアドバイスをしているつもりだった江(上野樹里)の言葉を羽柴秀吉(岸谷五郎)がいちいち120%以上把握し、人並み外れた行動力と実行力でそれまでの常識を次々と脱線・転覆、破天荒に駆け抜け…ついには『非藤原家、武家の出身でもない平民初の関白』という前代未聞の栄達を登り切りました。

 故郷・尾張中村から久々にやってきた家族達とこの幸せを分かち合い、抱き合って喜ぶ秀吉。敬慕する叔父・織田信長や義父・柴田勝家を討ち滅ぼした憎き仇敵であるはずの秀吉を前にほんろうされる姫君達の運命はいかに。(;-(,,ェ)-)


■羽柴秀吉(岸谷五朗)with羽柴秀勝(AKIRA)
 今回からようやく髭をたくわえた秀吉。金銀が煌めき輝く大坂城をバックに、莫大な財力と古今まれに見る行動力と野望を秘めた猿面冠者らしい、ますます赤髭好みの陽気な悪役ぶりに磨きが掛かった回でした。(*-(,,ェ)-)



 その秀吉と対をなす存在が、今回初登場した羽柴秀勝(AKIRA)。


 本放送が開始されてから発表されるという、07年大河『風林火山』をほうふつとさせる鳴り物入りで初顔見世となりましたが…。

 …――いやはや、血の繋がった叔父-甥ながら素晴らしいほど似てませんね。いや、そりゃあ世の中、全然顔立ちも性格も違う親族は確かに居ますけども。( =(,,ェ)=)


 羽柴秀勝の母は秀吉の姉・ともですが、夫は三好吉房という武将。

  加藤清正もかくやという見事な大髭の持ち主であった他は何も取り柄がない人物だったようですが、こんな美形の子が出来るような美貌だとは聞いていません。ちなみに、いつぞやの回で泥酔した状態で江と遭遇、がなり散らしながら廊下向こうに立ち去って行った羽柴秀次とは実の兄弟。

  まぁ、江にとって将来重要な関係をもつ人物となるため、ここはゲゲゲの旦那の方にまけない好印象とインパクトを与える俳優さんじゃなきゃいけないってのは良ぉくわかります。( ・(,,ェ)・)


 まぁ、赤髭の第一印象としては『なかなか堂に入った戦国武将振りが出来る俳優さん』となかなかポイントは高かったりしますが。今回、トヨエツ信長や大地康雄さんの柴田勝家など主要キャスト以外はどこか定番通り・もしくは雰囲気負けしてる武将が多かった感じがあるのですが、AKIRAさんの秀勝はさわやかな笑顔や(本業でもある)良く通った声、立ち居振る舞いが印象良く出来上がっていたように思います。

 岸谷秀吉が飾らない、素の人間の狡猾さや心の奥の優しさ、生くさいまでの出世向上欲を隠さない三枚目振りなのに対し、こちらは文字通りに貴公子然とした青年武将といった感じ。

( ・(,,ェ)・)oO( 初登場から髭を置いてるというのも戦国歴史Fanとしては地味に嬉しい点だったりもします。 )

 既に半分陥落しかけてる茶々(宮沢りえ)と違い、いまだ羽柴一門にかたくなな敵愾心を持っている江の心を今後どういうふうに解きほぐしていくのかが気になるところです。


 『なんだ、また人気取りの客寄せパンダをキャスティングしたのか』とか思ってましたが、今後は秀吉同様、赤髭にとっては気になる武将が登場したような気がします。



【大河『江』歴史物語 〜物語に隠された裏事情〜】
■親族すらも駒に使う秀吉、その非情な顔に隠された愛情【前編】

 さて、今回もう一つの見どころといえばやはり、秀吉と家康が繰り広げる駆け引きの心理戦。

 正室を失って久しい徳川家康に既婚であった妹を離縁させてまで政略結婚させたり、それでも不満な様子の家康にだめ押しといわんばかりに実母まで人質に差し出した秀吉の外交カードは、親族すらも駒として使い、場合によっては斬られるかもしれないという最悪の可能性すら匂わせる非情の選択肢。





 『秀吉って人は本当に、目的の為には手段を選ばないんだな。』と、視聴者の皆さんは今回最終盤のあのシーンを見るまで思っていたことでしょう。




 しかし、今回終盤に秀吉が言葉や表情に滲み出させたように、実際は他の戦国武将には見られないほどに家族思いで親孝行者な武将なんです。




  たとえば、今回初登場した羽柴秀勝(AKIRA)の名前について。


 江たち三姉妹は、彼の名前がかつて秀吉が信長より養子に貰っていた織田秀勝と同名なことにたいし憤りと嫌悪感を隠しませんでしたが…―――実は秀吉がこの『秀勝』という名前を我が子に名づけたのはこれが度目です。

 …―つまり、ややこしいことですが『秀吉の子供(養子)には、秀勝が三人居る』ことになります。戦国歴史ではそれぞれ同姓同名であるため区別をするのに幼名+秀勝と呼んで判断しています。



 まずは、石松丸秀勝(いしまつまる-ひでかつ)

 秀吉が初めて授かった子供で、ほかの二人が養子だったのに対しこちらは実子でした。


  生まれたのは秀吉がまだ織田家の家臣、北近江長浜城の城主だった頃のことで、側室の南殿(みなみどの)という女性の間にもうけた子供でした。秀吉にとって初の子で、正室・ねねとの子供ではなかったものの、秀吉の喜びようは大変なものだったそうです。

 しかし、この石松丸秀勝はわずか七歳で病死。秀吉が悲嘆にくれたのは相当なもので、そのあまりの哀れさには家臣たちは勿論、正室のねねも何と声をかけたらよいか戸惑うほど。


 その哀れで悲愴な有様の秀吉に、織田信長が四男の於次丸を養子として送ってやったのです。



  この二番目の秀勝が於次丸秀勝(おつぎまる-ひでかつ)で、大河『江』でも一度だけ顔を見せています。

 主君から貰った養子に、先に生まれた庶子の名前『秀勝』をもう一度つけたというのは、見方によれば不敬なことにも感じられますが、実はこれは秀吉の親心。

 現在の日本と違って、戦国時代に生を授かった赤子が母子ともに健康に成長するのは非常に幸福なことだったのです。食糧事情や医療技術が悪く、長く続いた戦乱のせいもあって誰かに殺されてしまうことも珍しくなかったご時世。

  子だくさんに恵まれても、無事に成人にこぎつける子供はそれほど多くはなかったのです。
  秀吉も、当時最強最大の企業であるはずの織田財閥支社長でありながら初の子供に夭折されてしまいました。

 こういうとき、親は次に生まれてきた子供に『先に死んでしまったあの子の分まで長生きするように』と、名前を受け継がせたり足したりする慣習がありました。

  『次郎三郎』とか『四郎次郎』とか、戦国武将にはときおり『二人分の名前を足したような』幼名を持つ者がいますが、これはそういった親心の願いを込めた名前だったわけです。



 けれども、せっかく織田信長から賜った忘れ形見・於次丸秀勝も十八歳の若さで病死。

 
このときには、秀吉も前の石松丸秀勝の死をまたぞろ思い出して、ふたたび悲嘆にくれたことでしょう。


 そこで、今度こそ…という願いを込めて…既に秀次を貰っていた姉夫婦からもうひとり、小吉を養子に迎えて『秀勝』を名乗らせることにしたのです。

  この小吉秀勝が、今回登場したEXILEのAKIRAさんが演じる『羽柴秀勝』、一般には小吉秀勝と呼ばれる三人目の秀勝になります。


 戦国武将数多しといえど、同じ名前を三人の子供に名乗らせたという例はこの『秀勝』を置いてほかにありません。

  羽柴秀吉という武将がどれだけ失った我が子を思い、その死を忘れないためにこの名前を伝承させていったのかがよくわかるエピソードと言えます。


【再載】

先に御覧になられたであろう視聴者の皆様方。

 大河ドラマ『江』を見ていて、戦国時代の風潮とか人間関係・勢力関係や各戦国武将の背景事情などが判らなくって、小首を傾げたり…なんてことは御座いませんでしょうか?


 


■そんな皆様の疑問に、趣味『戦国時代の知識収集(この道四半世紀強)』の歴史痛・赤髭亭ばるばろす。が、知っている範囲内で面白おかしく、信憑性と史実性など様々な観点で、例題や挿話を交えてお答えいたします。

■題して、赤髭亭の学べる大河ドラマ『江』。
某・ニュースのことなら何でも知ってる池上彰さん風(某になってねえ)のパクリタイトルですが、この際突っ込まないように。

 競争率が低いうちは、きっとたぶん100%、真贋やウソホントについてはだいたい70%の内容で歴史痛が皆様の疑問にお答え致します。ただし、飽くまで戦国歴史に関する内容のみで、ドラマの裏側や俳優さん絡みの質問につきましてはご遠慮下さいませ。

 質問受付は、コメント欄で受け付けておりますので、どうかお見知りおきのほどを宜しくお願いいたします(礼。 ( ・(,,ェ)・)

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大河『江』第十六回 関白秀吉 感想

 大河『江』と同じ日曜日の夜、時間帯は重なって居ませんが同じ歴史時代劇である『日曜劇場 仁- JIN-』は依然、高視聴率を維持し続けているようです。坂本龍馬役で、07年大河『風林火山』では主演として山本勘助役を好演した内野聖陽さんは最近、一路真輝さんとの離婚報道などで色々話題を集めていますが、それを差し引いたとしても好調な数値。

■内野聖陽、一路真輝夫妻が離婚か。『子供が生まれてからは、内野さんは自宅にほとんど戻っていない』


 いよいよ物語の中心人物となり始めた江や三姉妹、狡猾な秀吉の黒い笑顔と見所が増えてきた大河『江』もEXILE投入とかそれ以外でも、話題や内容で頑張って欲しいところです。


 ■ さて、それでは気をとりなおして…今回も一週間遅れで大河『江』の第十六話『関白秀吉』、感想と歴史痛的補説の開始です。

 前回は無理やり親子の関係を結ばされた秀吉を非難、詰問していくうち…かつて敬慕した叔父・織田信長を同じく尊敬していた秀吉の心模様に気づき、怨敵の関係ながら秀吉に感化していった江。二人の父を殺した憎い仇であるはずの猿面冠者に相談を持ちかけられ、ぶっきらぼうに答えたつもりがナイスアシストだったりと凸凹親娘な関係を診せてくれたぎこちないハーウォーミングな展開でしたが…今回はその秀吉が人臣として位を極めるため、さらなる立身出世の坂道を駆け上っていきます。

 羽柴筑前守秀吉、日輪の申し子、古今無双の出世人。果たして、彼がたどりつく栄光の座席に輝くものとは何なのか…。(;-(,,ェ)-)


■羽柴秀吉(岸谷五朗)with羽柴家の人々
 今回は冒頭から秀吉の感情色豊かな表情と跳躍で始まりましたが…――えと、その、何といいますか。( -(,,ェ)-)



 仮にも日本最強最大の財閥企業・織田家の一支社長まで勤めた秀吉の、国持ち大名になってから優に十年は過ぎている秀吉の『家族』があの時点でああいう格好というのは、どう考えても時代考証が合わない。


 大河『秀吉』の時には市原悦子さんが好演したなかがあまりに印象深かった為、貴族然とした格好で出てくるのは雰囲気が憚られる、秀吉は農民出身ということを分かりやすくするため、ets...今回では重要な演出ってのはわかるんですが…。



 あと、妹・旭(広岡由里子)の夫・副田甚兵衛(住田隆)は1577年(天正五年)の時点で但馬国(現兵庫県北部)多伊城城主、1582年(天正十年)十月に京都大徳寺で秀吉が主催した信長葬儀の奉行を務めたほどの戦国武将。

 
あの時点で夫婦揃って農民同然というのは、脚色であるとはいえちょっと違い過ぎてませんかファンタジー大河。
( =(,,ェ)=)




 …――っと、こういう重箱の隅は置くとして。前回十五話ではちょっと元気がなかった秀吉がまた調子を取り戻しています。


 悪役と見間違うような(実際限りなく近いけど)生き生きとした黒い表情を浮かべる岸谷秀吉の表情や仕草は見ていて楽しい。前回は『このまま秀吉が丸くおさまるんじゃないだろうな』とか一抹の不安を覚えましたが、その溜飲を下げてくれる展開。ここまでやったんなら秀吉にはどこまでも戦国の闇を体現して欲しいです。'`,、('∀`)'`,、

 今回の秀吉は、ちょうど歴史上でも猿面冠者のあくなき出世欲が暴発した時代でもあり、藤原氏長者でも『この速度はないわ^^;』っていうくらいの超絶スピードで官職が上昇していった時期。

 その衝動の理由が『お茶々様をモノにしたいから』という下世話な理由なのが、ある意味正直過ぎて心地よいです。
 歴史上でも病的な女好きで信長血縁の女性を抱くことに固執した秀吉のこと、『実際そういう理由で暴走しそうだよなぁ』と歴史痛でも納得の展開。

 終盤になるとあれだけ秀吉を毛嫌いしていた茶々も、ちょっと秀吉の熱意というか行動力を評価するようになっていました。


 秀吉もズルそうな顔してズルそうな作戦をズルいタイミングで言ってくれます。

 
今風に言えばあれ、好きだった女性の前にSP付きの車で乗り付けて『僕、総理大臣になったんだ。』と言ったようなモンですから。あれで惚れないというか心揺れない女性はなかなかいないと思います、それがたとえ実父と義父の敵でも。

 もっとも、姉を好色な猿親父から守るために×,砲覆辰森召らすれば、『私の涙と努力はなんだったの』的な心模様になるかとも思いますが…―――まあ、これだけ歴史上類を見ない大出世、平家の栄達に匹敵する我が世の春を見せつければ、お姫様の激動すぎる生涯もその苦難の道も、ちっぽけなものになっても仕方ないか…。( ・(,,ェ)・)


 ( -(,,ェ)-)oO( しかし、秀吉の周囲を囲む武将や官僚が少ないですね…。この時点でまだ羽柴一門衆と黒田官兵衛、そいでもって石田三成と千宗易だけですよ。関ヶ原の合戦あたりで重要な銃爪を引く猛将や名将達は何をやってるんでしょう。まさか『江』、関ヶ原の合戦をお市の方のナレーションだけで終わらす気じゃないだろうなぁ…。ありえそうだから怖い。 )


■江(上野樹里)with茶々(宮沢りえ)+初(水川あさみ)

 冒頭しょっぱなから、大坂城の廊下を立ち食いしながら散策する初(水川あさみ)の天然振りと歴史大河雰囲気クラッシャー振りは健在。ここまでやってくれたら逆に貫き通して欲しいと思ってしまうのは、赤髭が脚本家の罠に嵌まってる証拠なんでしょうか。( ・(,,ェ)・)


 江は、今回は養父の常識外れな度胸と行動力の前に振り回されっぱなしに思えたのですが…少し見方を変えれば、無茶な猿親父とやんちゃな信長憑きの小娘のはっちゃけた関係はなかなかの魅力だったように感じました。

 彼女自身は秀吉のすっとんきょうな立身出世欲に『なに夢みたいなこと言ってるんだこのバカは』的に呆れつつ、適当なアドバイスをしているつもりが…―――それを真に受けた秀吉がその言葉通りに暴走していくという物語の流れ。

  秀吉が猿なら江は猿回しの狂言師といったところでしょうか。

 そして、今週ついに重要な伏線がひとつ張られました。茶々の秀吉を見る目が絶対的な嫌悪から好感度を上げてきていることです。

 この姉を猿から守るために婚姻外交の犠牲となり、ローティーンにして×,砲覆辰森召糧甍イ氾椶蠅寮禧模投、あれほんの先週〜先々週くらいの話だぞ?とか思いたくなる急展開ですが…赤髭には『茶々は最後の最後まで秀吉を嫌いながら大坂夏の陣まで行くんだろうなあ』と予想していただけに、この描写にはちょっと驚きました。

 いよいよ三姉妹の波乱続きだった生涯に、将来を予感させるような伏線がけっこう浮かび上がるようになってきました。戦国一のヤンデレ夫婦・細川忠興&たま夫婦や次回予告にちらっと登場した豊臣秀勝(AKIRA)などが今後どういうふうに絡んでいくのか、秀吉と茶々の関係はどうなっていくのか。歴史考証のちゃらんぽらん具合(+悪意)も含めて、次週以降が今から気にかかるところ。

 ( -(,,ェ)-)oO( 歴史通りの展開のどこが面白いの?とは、どっかの脚本家さんの名思想ですが…――なんだかんだで最近惹きつけられてる気がしなくもないなぁ…。非難されるのを見越した設計図、だとしたら私はどんだけ『そんな餌に俺が釣られクマー!!!』なんだろう。(不安になってきてる) )

【大河『江』歴史物語 〜物語に隠された裏事情〜】
■室町幕府最後の残照、足利義昭が見せた源氏嫡流の意地と誇り、その結末
 第一回で登場し、顔面蒼白でよろめきながら京都を追放された姿が哀れを誘った足利義昭(和泉元禰)。



 久々の再登場では備後国(現広島県東部)・鞆(とも)に居たことになっていますが、なぜ前の征夷大将軍が瀬戸内の静かな波打ち際で暮らして居たのでしょう。



 実は足利義昭も室町幕府も、1573年(元亀四年)に滅んでなどいなかったのです。

 歴史の教科書などの年表では『1573年、織田信長が足利義昭を京都から追放、室町幕府が滅亡する。』と書いていますが、あれは便宜上室町時代をどこかで終らせる必要があったための区切りに過ぎず、足利義昭は征夷大将軍をめていませんし、幕府を御仕舞いにしたこともありません。


 1573年(元亀四年)七月、足利義昭は織田信長に京都槙島城で敗れて捕縛され、京都を追放されました。

 室町幕府の直轄領、義昭の御領所はすべて織田家に奪い取られ、ここで事実上義昭は京都の支配者ではなくなりました。しかしその後も諦めることは考えない義昭、まずはかつて近畿の支配者であった三好家の総領で妹婿にあたる三好義継(みよしよしつぐ)を河内飯盛城に頼ります。


 しかし、織田信長がこの三好義継を攻めるという噂が立つと今度は急いで西に走り、中国地方の覇者となりつつあった毛利輝元を頼ります。


 義昭は毛利一族の本拠地・安芸国(現広島県西部)へ行きたかったようですが、輝元ら毛利一族は『ここで安芸国に将軍をお迎えしてしまうと、意地でも信長と戦わなきゃならん羽目になる。こっちは北九州や山陰地方で忙しいんだ。』と判断、義昭は入国を寸前になって拒否され、備後国の鞆に屋敷を構えました。
 備後国鞆、平成の世になり再開発問題で注目を集めた広島県の鞆の浦です。


 備後鞆に落ち着いた義昭は早速、打倒信長をスローガンに活動を開始。

 御内書(ごないしょ)と呼ばれた直筆の手紙を日本全国の戦国大名にばら巻くお手紙外交を駆使し、足利将軍ここにありとその権威を振りかざしました。

 犬猿の仲だった上杉謙信と武田勝頼を仲直りさせて打倒信長を促したり、九州でにらみ合ってる豊後大友家や薩摩島津家を和睦させて織田信長と敵対するよう斡旋してみたり、毛利輝元や上杉謙信に自分を奉じて上洛させてくれるように頼み込んだり…―――えぇ、もうびっくりするくらいの他力本願寺。


 そうそう、本願寺の指導者・顕如や一向一揆が織田信長と戦った石山戦争でも遠巻きに信長へイヤガラセを繰り返していたようです。毛利家と本願寺家が同盟関係となったのも義昭の存在が大きく関係しています。

 この足利義昭の一連の政治活動や、義昭本人がまだ征夷大将軍を辞職していないことから、歴史家によっては『室町幕府は京都から備後の鞆に本拠を移して"鞆幕府"になっただけで、滅亡はしていない。』と論じる人もあるようです。


 この足利義昭の活動、短気な信長はさぞかし忌々しく思ったのだろうなぁ…――とは誰しも考えることでしょうが、信長の反応は意外なものでした。実は信長、備後の鞆に何度も手紙を出し、足利義昭に『変な意地を張らずに京都へ戻って来い。養ってやるから』と温情にも似た勧誘をしていたようなのです。

 どうやら織田信長、『征夷大将軍を追放した』という謀反人に等しい称号を気にしていた模様。



 しかし、幕府を壊滅状態にされた怨念深い宿敵である信長に対し足利義昭は意固地でした。『戻ってやっても良いが、信長側から誰か人質を貰わなければ絶対に戻らない!!』と、ある意味無理難題をふっかけて拒絶し続けていたようです。



 そんな堂々巡りが続いた後に訪れた1582年(天正十年)、義昭に春が訪れます。…――そう、『本能寺の変』です。


 憎き織田信長が謀反の炎に倒れ、その宿敵を滅ぼしたのがかつての家来・明智光秀と知るや義昭は喜色満面、大喜びしたのですが…――乱世の時代は過去の栄光にすがる義昭ではなく、羽柴秀吉に微笑みます。

 義昭が鞆の浦と瀬戸内の海を眺めている間に電光石火、秀吉はとんとん拍子に出世。明智光秀や柴田勝家を討ち、ついには征夷大将軍の位も射程距離になってきました。

 大河『江』の物語にもあったとおり、ここで秀吉は足利義昭の猶子(ゆうし)になろうと考えます。


 劇中でも羽柴秀長がその言葉の意味を説明しかけましたが、要するに猶子とは『相続権のない養子関係』のことです。この関係が成立すれば秀吉は足利義昭と義理の親子関係となり、どこの馬の骨かわからなかった猿面冠者は一躍、誇り高い源氏の嫡流になることが出来るのです。


 けれどどっこい、足利義昭は誇りと自尊心は失っていません。


 未だ現役の征夷大将軍である義昭、ここで秀吉の申し出を受ければ自分が自動的に『前の征夷大将軍』になってしまうことを彼はよく判っていたのです。おそらくは大河『江』の描写同様に秀吉への嫌悪感を隠さず、その浅ましい申し出を侮蔑感たっぷりに蹴っ飛ばしたことでしょう。

 ( ・(,,ェ)・)oO( もっとも、『源氏で無ければ武家の棟梁、征夷大将軍になれない』というのはちょっとした後世のこじつけで、実際には平家であるはずの織田信長にも征夷大将軍任官の宣下は出ていました。

 秀吉が征夷大将軍になれなかったのは、彼が征夷大将軍が持っているべき支配地である『今で言う中部〜関東地方』を領土に持ってなかったのが原因ではないかと考えられています。

 だから、秀吉がわざわざ義昭に頭を下げたこの話の信憑性は薄いと見るべきでしょうけど。)



 まぁ、秀吉の申し出を自信満々に蹴っ飛ばした義昭が秀吉の『関白職就任』に顔面蒼白、唖然呆然となったのは物語にもあった通りでしょう。

 1587年(天正十五年)、秀吉は自分の意に逆らう島津義久を討つべく九州征伐戦を開始、京都から西を目指し山陽道をきらびやかな軍勢で練り歩きます。

 関白の威光が煌く秀吉の軍団はその途中で備後鞆に立ち寄り、義昭は秀吉に拝謁。

 『よう義昭。まだ毛利の居候扱いやってんのかぁ?…――もういいだろ。京都の槙島に一万石くれてやるから戻って来いや。』

 足利義昭も関白となった秀吉の言葉に諦めがついたのか、この申し出を受諾。征夷大将軍としては捨扶持に等しい一万石を隠居領とし、実に十四年振りに京へと戻りました。

 そして翌1588年(天正十六年)、ついに征夷大将軍を辞職

 京都槙島一万石の大名格ではありましたが、義昭の晩年は非常に困窮した貧乏暮らしだったようで、ついたあだ名が『貧乏公方』。


 一万石といえばざっと計算しても年収八億〜十億円の領土、税率が六公四民だったとしても年収六億くらいはあるはずなのですが、おそらくは前征夷大将軍、室町幕府主催の誇りがあるため余計な出費や人件費があり、それがかさんでいたのでしょう。

 後に秀吉が朝鮮出兵を敢行した際もその軍事パレードに『徒歩で』参加。武将格なら普通、馬に乗れるはずなのに。

 かつての征夷大将軍がとぼとぼと徒歩武者として秀吉軍の行列に参加している姿を見た公卿達は、そのあまりの斜陽振りを笑うことも出来ず涙をこぼしたといいます。



 1597年(慶長二年)八月二十六日、六十一歳でこの世を去った際には、前征夷大将軍にふさわしいような葬儀を挙げることも出来ず、それどころか棺桶ひとつ作ることすら出来ないほど。

 喪主を引き受けてくれる人も居らず、これはかつての家臣・細川幽斎がなんとか引き受けてくれましたが…葬儀費用は別問題。

 義昭の側近だった柳澤元政(やなぎさわもとまさ)が何とか銀子二貫ばかり(現代の貨幣価値で五千万円ほど)をかき集め、やっとこさ葬儀をすることが出来ましたが…―――葬儀を引き受けた僧侶の残した記録が『なんだこのシケた葬儀は。本当に前の征夷大将軍だったのかこの人は。ケチ臭い…。』という散々な評価。



 和泉元禰さんの哀れな表情が印象的だった足利義昭ですが、あの顔で今後はこんな悲惨な人生を送るのかと思うと、ちーっとばかり同情を禁じえないものがあります。

 
まぁ、これが戦国の無常というやつなのでしょうけれども、ねぇ…。( -(,,ェ)-)


■関白殿下も楽じゃない。太閤・近衛龍山、波瀾万丈の生涯
 さて、今回の重要なキーパーソンである近衛龍山(江良潤)。

 尾張中村の百姓出身に過ぎなかった羽柴秀吉が藤原秀吉となり、武家初の関白となるために藤原氏の血流を売り渡した低俗な貴族として登場した彼ですが…実は近衛龍山、この時代の上位公家としてはかなり波瀾万丈な生涯を過ごしてきた人物でした。



 近衛龍山は1536年(天文五年)、時の太閤で藤原氏長者だった近衛稙家(このえたねいえ)の嫡男・として誕生しました。

 "太閤"といえば今となっては豊臣秀吉の尊称・代名詞の様に思われていますが、実は『誰かに跡目を譲って引退した関白』への敬称であり、龍山も父・稙家も共に関白経験者であるため、太閤様で間違いありません。

 また、龍山とは出家した法号で実名は前久(さきひさ)、その前は前嗣(さきつぐ)と名乗っていました。

 御堂関白・藤原道長の末裔であることを誇りとし、古今伝授を受けた和歌の名人にして青蓮院流の書の達人、馬術や鷹狩り・天文暦学にまで通じた、今で言うマルチタレントのような才能豊かな人だったようです。



 
しかし、藤原氏の頂点である藤原氏長者、天皇の政治顧問である関白であっても御時世が戦国時代…貴族達の暮らしはとても苦しいものでした。


 
そこで龍山は時の実力派戦国大名を丸め込み、その権威を利用して藤原家に再び栄華を取り戻そうと考えます。

 龍山が最初に目をつけたのが勤皇の志に厚い『越後の龍』、上杉謙信

 龍山は彼に近づこうとするため、現役の関白でありながら越後国まで下向し上杉謙信の歓待を受けます。
 その後も公卿なのに謙信の関東出兵に同席し、あの小田原城包囲戦も高みの見物。謙信とはひんぱんに手紙を交し合う懇意な関係となりました。

 しかし、上杉謙信は宿敵・武田信玄や関東の凶賊・北条氏康と戦い続けることで精一杯、とても京都の公卿を支援する余裕がありません。
 失望した龍山は再び京都へ戻りますが、その頃にはあの織田信長が台頭して勢力を拡大、足利将軍家を奉じて上洛を達成していました。


『よし、じゃあ次はこの織田信長とやらを利用しよう。尾張から上洛してきた田舎者、ちょっと威光を見せれば平伏すに違いない。』


 しかし、近衛龍山は相手を見間違えていました。信長は天皇や朝廷を一応支援してはいますが、それは古くから続く帝の権威を織田家の戦略に利用するため。

 古臭いカビの生えた過去の栄光に過ぎない藤原家なんて眼中にありません。そうとも知らない龍山、拝謁した織田信長に対し

『足利将軍家を奉じるのは結構だが、もっと朝廷を尊敬しろ。』

 と頭ごなしに言いつけます。



 …――えぇ、次の瞬間に信長がぶちれたのは言うまでもありません。( =(,,ェ)=)



 もの凄い剣幕で一喝された龍山、『これは殺される…!!』と思ったのか、京都から逃亡。摂津国や丹波国にあった反信長派閥を渡り歩く亡命生活を始めます。

 所詮、信長は尾張からぱっと出たにわか大名、そのうち周辺の諸大名に滅ぼされるだろうと高をくくり、ほとぼりが冷めるのを待っていたようです。

 …―――まぁ、そんな龍山の目論見が期待はずれだったことはその後の信長の歴史を見れば一目瞭然ですよね。当時の反信長派閥最強勢力だった武田勝頼が長篠の合戦で織田・徳川家連合軍に惨敗すると、龍山は落胆。

 覚悟をきめて織田信長に平伏すことにしました。


 その後の龍山の努力は、太閤という称号が悲しくなるほどの零落ぶり。

 信長の機嫌を取るため嫡子・近衛信基(大河『江』の頃には信尹(のぶただ)と改名しています。)烏帽子親を頼んだり(つまり、信尹の『信』とは織田信長の偏諱)、信長の天下布武を支援しようと九州は薩摩まで下向し、島津家に信長への降伏を促したり

 そうそう、甲斐武田家を滅ぼした戦にも同行し、必死懸命にヨイショしていたようですが…織田信長の開催した富士山見物にはお呼びが掛からず、すごすごと京都に戻ったりもしたようです。


 けれど、ここでその時歴史が動きました。そう、『本能寺の変』の勃発。

 あの小憎たらしい織田信長、仏を敬わす神すら恐れず、天皇すら凌駕する権力を得ようとしていた第六天魔王が死んだ。


 龍山が喜んだのは言うまでもありません。明智光秀の謀反軍に屋敷を占領されても苦情の一つも言わず、明智軍が屋敷の屋根から織田信長の嫡男・信忠が篭る二条城に鉄炮を撃ち込んでも知らん顔。


 …世の中、どこまでも運が悪いっていうか…――タイミングの良くない人は居るんですねえ。(;-(,,ェ)-)



 皆さんもご存知の通り、明智光秀はたった十一日間で滅亡。

 羽柴秀吉が天下の主導権を握ると、近衛龍山は窮地に立たされます。

 信長の三男・織田信孝も『公卿のなかに明智光秀を支援した者が居る!!』と怒り狂って藤原一族の罪を糾弾しはじめ、秀吉も『本当に光秀軍に加担したの?』と龍山を責め立てます。


 これにたまらなくなった龍山、出家剃髪して反省の意を示しつつも、今度は徳川家康の下に亡命。その徳川家康の取り成しによって京都に戻ることが出来たのですが…。


 …――はい。そうでしたよねぇ…。

 徳川家康、そのあと秀吉に屈服したんですよね。次男・秀康を人質同然の養子に差し出して。

 
(;-(,,ェ)-)oO( 不運(ハードラック)と踊(ダンス)ってるなこの人。 )


 近衛龍山、羽柴秀吉が家康と衝突したのにびっくり仰天。身の危険を感じたのか、奈良に出奔しますが…――秀吉は大して気にして居なかったらしく、追っ手の一人も追撃してこなかったようです。(il-(,,ェ)-)


 安心した近衛龍山は京都嵯峨野に戻り、静かな隠遁生活を始めましたが…――ここに来て嫡男の信尹が時の関白・二条昭実と対立。この騒乱の隙に乗じた秀吉が関白の位を射止めたのは、大河『江』の物語にもあったとおり。



 こんな大河ドラマもかくやという激動の人生を送っていたにも関わらず、努力に見合った地位や財産も残っていなかった龍山にとって、家領千石(現代の貨幣価値で換算して八千万〜一億円くらいの身入りがある領土)と山吹色のお菓子(笑)の誘惑に勝てるはずがなかったのは言うまでもないことでした。


 なお、後年になって龍山はさらに馬鹿息子・近衛信尹と所領問題で揉め事を起こして仲が悪くなり、京都東山の慈照寺東求堂(銀閣寺)に隠棲。

 1612年(慶長十七年)、失意のうちの世を去りました。この頃にはすっかり関白の地位や藤原家の権威は凋落し、徳川幕府による武家政権が産声を上げようとしていました。


 北は関東、南は九州鹿児島まで走りまわった太閤殿下・近衛龍山がもたらした数少ない功績は、流寓先で京都の華やかな文化を伝達したこと。

 本来の目的は達成できませんでしたが、近衛龍山の落とした涙は今も各地に京風文化の薫りとして残されています。



■ さて、今回もリベラルを装った歴史痛視点(蹴)での感想でしたが…いかがだったでしょうか。

 次回予告では、髭が増えてますます悪党振りに磨きがかかり始めた秀吉が高笑いをしたり涙を流したり忙しい百面相、同じく髭を蓄えた徳川家康の神妙な言葉と意味深な微笑み。

 親兄弟、家族すら犠牲にして天下人を目指す秀吉の覇道に怒る江。果たして妹・旭にした『もっとひどいこと』とは何なのか。

 (;=(,,ェ)=)。oO( 予想、ファンタジー成分50%、歴史史実50%。秀吉が己の野望、戦略のためならお姫様の悲哀なんてどーだっていい、という黒さを再び再確認させてくれる展開と見た。)

本年大河『江』第十七話「家康の花嫁」は日曜夜八時、明日放映予定です。



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大河『江』第十五回 猿の正体 感想

 さて、赤髭がしつこいくらい強調するまでもなく…ここ数年は歴史痛や古い戦国Fanもびっくりなほどの戦国ブーム( ・(,,ェ)・)。


 当然、我らがNHKも戦国歴史に関する番組を数多く制作・放送しているわけですが…大河『江』が戦国歴史を刺身のツマ程度の背景事情として流しているのに対し、他の戦国時代モノは驚くほど丁寧でわかりやすく歴史を説明してくれています。
( -(,,ェ)-)oO( …と、いうか…『あっちで判らないことはこっち見て補足してね!!』とでも言っているかの様ですが。 )

 たとえば、『歴史秘話ヒストリア』シリーズ。

 戦国時代に特化している番組ではなく、様々な時代の歴史を再現ドラマや専門用語を用いない判りやすい説明で紹介していく番組です。

 最近も『徳川家康』の生涯を題材にした回がありましたが、大河『江』では今のところほぼ外野席である徳川家康、後の天下人である東照大権現の生涯を的確に、色んなエピソードを踏まえて簡潔にまとめていました。

( -(,,ェ)-)oO( そうかと思えば、たまに歴史痛(笑)でも押さえてないような深い場所や斬新な切り口でざっくりと歴史を解析していたり、わりとマニア嗜好な面もあったりしますが。 )

 『戦国時代や戦国武将に興味はあるけど、本屋さんに置いてある戦国モノの本はとっつきにくいか萌え特化で、勉強にならない。』とお考えの人には、是非お奨めしたい番組です。

 放送時間や再放送の日程などについての詳細は下記ホームページで御確認ください。

■歴史秘話ヒストリア(NHKホームページ)
http://www.nhk.or.jp/historia/


 ■ さて、それでは今回も毎度一週間遅れで大河『江』の第十五話『猿の正体』、感想と歴史痛的補説の開始です。
 
 前回の江姫様(上野樹里)、秀吉の勝手な策略で織田−羽柴間の婚姻外交のお雛様になったと思ったら、相手は素敵なお殿様。これは倖せになれそう…とか思ったら、今度は嫁ぎ先もろともそれをぶっこわされちゃいました。

 終盤に登場した黒さ168%増の羽柴秀吉(岸谷五朗)の狡猾さには女性視聴者の皆様はブラウン管に石でもぶつけたくなるほどヒートしたことでしょうが…タイトルからして思わせぶりな今回。いったい、猿の正体とは何なのでしょうか。

 (*-(,,ェ)-)oO( 今週も、驚きの黒さに期待大。 )


■羽柴秀吉(岸谷五朗)&江(上野樹里)
 …黒さに期待、でしたが…まさかここで『タイトル詐欺』な悪党秀吉の名誉挽回の展開。( ・(,,ェ)・)

 …――このタイミングで猿面冠者にデレられても、女性観点からして秀吉を許せるような理由なんだろうかこれは。

 久々に織田信長(豊川悦史)背後霊も登場して、ひたすらローティーンの×1小娘に圧倒されまくる羽柴秀吉。まぁ、この描写も新しいっちゃあ新しいですが…これが私なら、泣きもするでしょうが確実に秀吉の顔へ左ジャブか右フックをぶちこみそうな気がしなくもない。( -(,,ェ)-)


 前回まで『これでもか、これでもかッ!!』と重ねまくっていた秀吉悪漢描写に全部複線の釣り針を引っ掛けておいて、今週で一気に竿を引っ張って釣り上げた、ということなのでしょうが…個人的には、秀吉には三姉妹にとって憎悪と復讐の対象であり続けて欲しかった。

 この按配なら、次週あたりに登場するEXILEの顔を見る頃には三人揃って秀吉シンパになってそう。凝り固まられても面白くはないですが、お三方、二回続けてお父さんを破滅においやった猿面冠者にそんなあっけなく陥落させられて良いんですか。( ・(,,ェ)・)


 そしてやっぱり今回も涙。

 いや、そりゃあ悲哀たっぷりで戦国武将の都合のサジ加減ひとつで振り回されるなんて…十二〜十三歳の小娘には耐えられない事態なのは判るんですが、涙の数だけ強くなれるっつったってこう頻度が多くては花もアスファルトでしおれますよ。

( ・(,,ェ)・)oO( 赤髭的には、大河『風林火山』の第二十八話で甘利虎泰(竜雷太)が血の泡吐きながら死んでいった場面のほうが百倍涙腺が緩む。悲劇も効果的な使い方をしてもらわないと。 )

 あと、今回になってやっと秀吉陣営の武将…っていうか親族縁者が何人か顔を出してくるようになりましたが、既に何の説明もなく於義丸こと羽柴秀康(山田健)が部屋に居たのにはびっくりしました。

 徳川陣営ももうちょっと時間を割いて描写するのかと思いきや、いきなり『次男なのに人質』とか言われても、何がどうしてそうなったのかという事情も聞いてませんし…。


 あと、これも毎度のこと過ぎて既に諦め半分ですが…紀伊討伐や四国の長宗我部元親征伐に関してもあっさりし過ぎ。

 今回はとうとう、具足姿の羽柴軍が敵の城に向かって『ワー!!』というシーンすらありませんでした(まぁ、主要キャストが全員大坂城に居るんで仕方がないといえば仕方ありませんが)

 この頃には既に織田信長の後継者、天下覇者の席には秀吉の尻が確実に据わりつつありますから、余計な説明をしなくっても物語に支障はありませんが…せめて市(鈴木保奈美)のナレーションで良いから時代の流れを触っておいても、戦国時代を題材にしてるんですから罰はあたりゃあしないと思うのですが…―――まぁ、仕方ありませんか。
( =(,,ェ)=)


 物語の雰囲気がまた、以前のようなお涙頂戴倍プッシュな展開に戻りつつある大河『江』。

 次週は、江いわく『嘘のなかにまことがある』猿面冠者が一気に天下人へと官職の出世栄達を駆け上っていく展開となりそうですが…いったい三姉妹はどんな心模様で、天下の情勢や秀吉の横顔を眺めるんでしょうか。( ・(,,ェ)・)

 ( -(,,ェ)-)oO( 物語の展開から言って、次週はまた黒い秀吉に戻ってくれそうな期待感はありますが。 )

【大河『江』歴史物語 〜物語に隠された裏事情〜】
■袋に禿げネズミを追い詰めろ!!狸が描いた絵の中の餅、秀吉包囲網の結成とその破綻。
 さて、劇中ではまったくといって良いほど語られない戦国歴史の背景事情。

 いったいどうして、秀吉は紀伊を攻めたり四国の長宗我部元親を攻撃しなければいけなかったのでしょう。実は前回の『小牧・長久手の合戦』前後の頃から、得意顔の猿面冠者を追い詰めるべく、徳川家康が様々な布石を打っていたからなんです。

 今回、いつのまにか次男の秀康を人質同然の養子に突き出し『一応の』和睦としていた徳川家康ですが、実は本能寺の変以降は一貫して反秀吉派閥でした。

 『神君伊賀越え』で必死に浜松へと逃げ帰った家康、実はその直後に明智光秀討伐軍を編成し、尾張国の鳴海城(現愛知県中央部)まで到達していましたから、実は立派に織田信長の後継者候補だったんです。

 ほとんど家来同然だったとはいえ徳川家は織田家のパートナーである同盟者、言ってみれば織田-徳川政権の共同経営者。

 それを寸前になって『ただの支社長』だった猿にあぶらげをさらわれた格好になってたんですから、面白くないのは当たり前です。
 
 しかし、かと言って家康が単独で秀吉に噛み付くには大義名分が要りますし何より地盤や軍事力で劣ります。そこで、家康は秀吉を取り囲んでいる様々な勢力と手を組み、『羽柴秀吉包囲網』を結成していたのです。


 まずは、秀吉の本拠地である大坂城を牽制するために近畿附近の勢力と同盟。

 それが、今回秀吉に討伐されることになった紀伊国(現和歌山県)の武装勢力、鉄炮傭兵として天下に武名を知らしめていた『賀・来衆』。

 そして、大阪湾と紀伊水道を隔てた海の向こう、四国の覇者となりつつあった長宗我部元親でした。

 この二勢力は徳川家康にとって同盟相手では最も頼りになりました。

 小牧・長久手の合戦では徳川家康が秀吉にとって前面の虎、長宗我部家・雑賀衆が後門の狼となり挟み撃ちを形成。

 秀吉が全力で家康や織田信雄を叩き潰せなかったのは、彼らが大坂城を攻撃しようと企んでいたためでした。

 いくら大坂城が堅固とは言え、守る兵士が居なければ陥落してしまうでしょうから。



 次が越中国富山城(現富山県)佐々(さっさなりまさ 1539〜1588)


 成政は織田信長の家来でも黒母衣衆(くろほろしゅう)と呼ばれたエリート集団の筆頭格で、柴田勝家の寄騎(よりき。早く言えば支社長の元に出向した本社の職員)を勤めましたが、本能寺の変以降は越中富山城主としてそのまま勝家に所属。


 賤ヶ岳の合戦では越後上杉家の抑えとして富山に留まったため滅亡を免れましたが、秀吉派閥となった前田利家を憎んで富山で独立勢力化。

 もともと秀吉とは反りがあわなかったらしく、家康による秀吉包囲網の一環を担うことになりました。

 小牧・長久手の合戦では徳川家康と織田信雄の挙兵に呼応して加賀国を攻撃、前田利家の心胆を寒からしめる活躍をしています。小牧に前田利家が来なかったのは、この成政があったからこそ。

 そして最後が、相模小田原城(現神奈川県)の北条(ほうじょううじまさ 1538〜1590)です。

 氏政は大河『風林火山』に登場した北条氏康(松井誠)の嫡男で、当時関東地方に二百万石近い大勢力を誇る戦国大名でした。

 実は家康とは仲良しどころかかつては敵対関係で、信長死後に空白地帯となっていた甲斐国・信濃国争奪戦を繰り広げた宿敵でした。


 家康が秀吉包囲網を構成したのが柴田勝家滅亡後だったのは、この北条家と争っていたからです。

 『天正壬午の乱』(てんしょう-じんごのらん)と呼ばれたこの甲信地方争奪戦は越後上杉家・相模北条家・北信濃真田家・そして徳川家が入り乱れた結果、その大半が家康の手に落ちたのですが…ちょうどこの頃に秀吉との対立が表面化。


 家康は北条氏政と同盟関係を結び、娘の督姫(とくひめ)を氏政嫡男・北条氏直と婚姻させることで一転、和睦して同盟関係に。
 
 北条家と手を組むことで後顧の憂いを絶ち、また親秀吉派閥で越中の佐々成政と敵対していた上杉景勝をけん制してもらう。

 この日本半分近い大同盟を組むことで、家康は秀吉を泥沼の持久戦へ引きずり込もうとしたのです。




 秀吉が徳川・織田信雄を攻めれば大坂城を雑賀・長宗我部が襲い、秀吉が西を攻めるようなら家康と信雄が近畿を攻撃し秀吉のむなもとにくらいつく。

 秀吉を助けようとする前田利家や上杉景勝は佐々成政や北条氏政が背後を襲って足止めをする。

 さらに家康は信長の遺児・織田信雄を旗頭にしていますから、秀吉に従っている旧織田家家臣の離反すら期待できる。

 
 秀吉にとっては八方ふさがりの大作戦。家康は戦線を五年十年の大延長戦にもちこむことで秀吉を疲弊させるはずでした。


 はずだったの、ですが…。
( ;・`ω・´)



 前回、この一大作戦で最重要課題だった『秀吉を攻撃するための大義名分、錦の御旗』である織田信雄があっさり秀吉と和睦。


 仲直りをしてしまったため、家康には秀吉と喧嘩をする理由がなくなってしまったのです。どうやら織田信雄には、家康が描いた作戦の意図が読めてなかったようです。


 講和が成立したあとの、秀吉の行動はまさに迅速果断でした。


 まずはちょこまかと大坂城にちょっかいを出す紀伊の雑賀・根来衆を攻撃、圧倒的な戦力差でこれを粉砕し、雑賀衆の統領・雑賀孫一は降伏、根来衆は本拠地の根来寺を焼き打たれて事実上のギブアップ。

 さらに翌1585年には四国を制覇した長宗我部元親を攻撃、弟・羽柴秀長を総大将とする総勢十三万という桁外れの軍勢であっというまに阿波・讃岐・伊予の各国を攻略。


■長宗我部元親ゆかりの旅


 元親は白旗を上げざるをえなくなりました。越中の佐々成政もまもなく秀吉に敗れ、剃髪をしてその軍門に下りました。


 かくして、家康の『禿げネズミを袋に突っ込ませる大作戦』、秀吉包囲網は小牧・長久手合戦終了後一年足らずの短期間であっけなく瓦解。

 次男の於義丸を人質同然の養子に大坂城へ送ることで、事実上の『秀吉包囲網』作戦の失敗となり、しぶしぶの和睦となります。


  

 まさに、機略と人間観察力に長けた羽柴秀吉の面目躍如。江たち三姉妹が大坂城でああでもないこうでもないと一喜一憂している間に、天下ではこんな出来事が起きていたのです。


 しかし、『鳴くまで待とう不如帰』の家康がとった作戦は持久戦狙いの大包囲網、
 『鳴かせてみよう不如帰』の秀吉が狙った策は、普通なら絶対『よっしゃ』というはずがない敵方の大義名分の一本釣り。

 このあたりに、性格の違いがよーく出てますよねえ…。( ・(,,ェ)・)


■ さて、今回もリベラルを装った歴史痛視点(蹴)での感想でしたが…いかがだったでしょうか。

 さて次回予告ではついに秀吉の代名詞・関白の文字が登場。武士としての最高権力、織田信長ですら届かなかった最高峰に秀吉が挑みます。

 実に第一回以来の登場となる足利義昭(和泉元彌)が登場していましたから、秀吉と義昭との間に起きた有名なエピソードを再現する展開になりそう。

  果たして、戦国一番の成り上がり・羽柴秀吉の出世物語の『あがり』とはいったいどんな名誉なのか?


 『てっきり、第一話だけのスポット出演だと思っていた和泉元彌の足利義昭が再登場』というのは歴史痛の嗅覚が刺激されます。『あのエピソード』が再現されることは多分確定なので、珍しく歴史Fanには見ごたえのある回に…なりそう、かなぁ(弱気

 (;=(,,ェ)=)。oO( 予想、ファンタジー成分60%、歴史史実40%。羽柴秀吉が藤原秀吉、そして関白豊臣秀吉になるまでの経路を割と堅実に、あくまで江三姉妹視点で追っていくのでは。お涙頂戴の展開にはならなさそうだけど…。)


本年大河『江』第十六話「関白秀吉」は日曜夜八時、明日放映予定です。
 

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